ささやかな日々

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2022年05月05日(木) 
薄い雲がかかった東空、うっすら朝焼け。SEの講習でこの連休ずっと詰めている家人が私より先にベランダに出てぼんやり空を眺めている。邪魔しないように、今日は写真を撮るのを控えることにする。コーヒーメーカーをセットし、息子の朝食を用意する。それと並行して洗濯機を廻す。朝は何かと忙しない。
昨夕公園で手折った紫陽花の枝を挿し木にしてみようかと準備する。大きな葉は半分に切り落とし、茎を斜め切り。種を蒔いたのに一向に芽吹かなかった寂し気なプランターに差し込んでみる。無事根付くといいのだけれど。
息子がさっきから「いつ行くの?」と繰り返し訊いてくる。今日は娘と孫娘のところへ出掛ける予定で、彼はそれが気になって仕方がないらしい。娘にも何時に来てもいいよと言われてはいるけれど、さすがにまだ早すぎるでしょう?と息子に言うと、納得がいかない表情でご飯粒をぱくり、口に頬張る。

息子を自転車の後ろに乗せて実家に行くのが最後なら、娘のところへ行くのもたぶん、最後になるんだろう。まだはっきりは決めていないけれど、でもきっとそうなるに違いない。娘にも事前に伝えておいた。もう息子の体重が限界だから、自転車で気軽に出かけられるのはこれが最後になると思うよ、と。
交番の前を走り過ぎる時、注意されたらどうしよう、と一瞬心が怯むも、「おはようございます!」とふたりしておまわりさんに声を掛けてしまう。習慣というのは恐ろしい。走り過ぎてから「おまわりさん、怒ってたかな、大丈夫だったかな」なんて息子と苦笑いした。
電動自転車がなかったら。私はどうやって娘のところに通っていたんだろう。こんなふうに気軽には、行動できていなかったに違いない。自転車で片道30分弱。大通りをひたすら一直線に走るのだけれど、何せ車通りが多く、ひやっとする場面もあったりする。そんな道筋を、息子と歌を歌ったり大声であれこれおしゃべりして毎回走った。今日は最近彼が見返しているアニメ「弱虫ペダル」の話になり、登場人物の誰が好きか、とか、あの場面の誰それの台詞はどうだった、とか、息子が夢中になって話し、私がふんふんと言いながら聞く、という感じで。朝のうち空にうっすらかかっていた雲はいつのまにか散り散りに消え去り、すこんと抜けるような青空の下、私はせっせとペダルを漕いだ。本当に、電動自転車サマサマである。
今日は前からたこ焼きパーティーをすると決めていた。娘宅に着くも娘はまだ寝ていて孫娘がえいしょっと鍵を開けてくれる。「ばあば、私、まだ眠いの」と言いながら自分で着替え、息子と遊び始める孫娘の髪の毛を結ってやる。昔娘の髪の毛もこうして結ったよなぁと思い出しながら、今日は孫娘からの注文でポニーテールに結わく。
娘が起きるまで間がありそうなので息子の提案で買ってきたかぼちゃ一個を半分に切り、そそくさと煮物を作る。計量スプーンを探したのだが見つからず、えいやっと適当な分量で作ってしまう。我ながらいい加減だなあと苦笑する。
やがて起きて来た娘と、何故か台所で、彼女の反抗期の時の話になる。あの時は恨んだよ、とか、あの時はなんでだよと思った、とか、彼女がつらつら話すのに私はひたすら相槌をうち、そうかそうかと聞く。あまりに私がうんうんと頷いてばかりだったせいなのか、娘が「あの時はママどう思ってたのよ、言ってよ!」と問い詰められる。正直解離しまくってたから、自分事としての感情が分からないままなのよ、全てが遠い手の届かないところの出来事で、ずっと自分が除け者みたいに思えてた、数年後あなたが落ち着くまでいつも、心臓ばくばくしてて、呼吸も浅くなっちゃってひぃひぃしてて、なのに記憶の映像は全部俯瞰図なのよねえ、とできるだけ正直にそのまま伝える。生活安全課のKさんにもずいぶん世話になったなぁ、と私が名前を出すと、娘がけたけた笑い出す。他にも何人かの名前が出、ふたりしてくすくす。笑ってはいるけれど、心の中で私はそのひとたちに、ありがとうを繰り返していた。
他にもいろいろ話した。たこ焼きを焼きながらもあれこれ話した。孫娘と息子は途中から録画されていたアニメに興じ、その間なおも私たちは会話のキャッチボールを続けた。たこ焼きは、あっという間になくなった。全員で一体何個食べたのだろう。そもそも何個作ったのだろう。もはや覚えていない。とにかくよく食べた。
娘が、あの時期を生き延びてくれたこと、今も奇跡かと思う。生き延びてくれてありがとうしか、だから、ない。それ以外の言葉が思い浮かばない。それはたぶん、私が死ぬその時までずっと、そうだと思う。あの時期を生き延びてくれたから今ここがあることを、私はとてもよく知っている。そのことについてだけはたぶん、私は痛いくらい知ってる。

娘よ。生き延びてくれて本当にありがとう。今日声に出しては言わなかったけれど、いつもそう思っている。


浅岡忍 HOMEMAIL

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