ささやかな日々

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2022年04月18日(月) 
朝から息子のテンションが高い。何かやることない? ない? と、ひとつ仕事を片付けるたび訊きに来る。床の掃き掃除、床の拭き掃除、玄関の掃き掃除、炬燵周りの片付け、洗濯物畳みの手伝い、布団の片付け、洗い物。そこまで頼んでみたものの、それ以上何も思いつかない。「もうないよ」と言うと、至極がっかりしたふうに肩を落とした。後で分かったのだが、どうも、欲しいゲームがあるらしい。我家のお小遣いは労働制。だから彼は、次から次に手伝いをしたがったのだ。なるほどなるほど。理由が分かってちょっとほっとするのと同時に、かわいい奴だなぁと心の中ほくそ笑む。
息子の朝顔はもはや、ぎゅうぎゅう詰めになっている。どう考えたって間引きしないとまともに育たないんじゃないかと私には思えるのだが、間引きと言った途端「絶対だめ! そんなのだめ!」の一点張り。まぁ朝顔は息子担当だから、彼が思う通りにやればいい、と自分を納得させる。気になる気持ちはとりあえず抑えてみる。
ラベンダーが蕾を一斉につけ始めて、その蕾が風にゆらゆら揺れている。この長い首=茎のせいだ、揺れるのは。そう思ったら、ラベンダーが、緑のキリンに見えて来た。不思議。

昼頃から雨が降り出し始めた。慌ててワンコの散歩へ。ワンコは雨などまったく気にする様子もなく、いつものようにマイペースでとことこ歩いている。そして気づく。いつも下を向いて匂い嗅ぎをし続けて顔を上げることさえないワンコが、今日はどうだろう、下を向いて匂い嗅ぎをする回数も普段の半分以下で済み、下を向く代わりに私を見上げたりちゃんと頭を上げて歩いたり。珍しいこともあるものだ。だから私はワンコの頭に手を伸ばし、がしがしと撫でてやる。何かいいことでもあったの? と思わず言っていた。もちろんワンコは返事なんてするわけもなく。でも、撫でられることは嬉しいらしい。私の手をくっと頭で押してきた。だから私もぎゅぎゅっと彼の頭をまた撫でる。
昔猫と暮らしていた頃があった。独り暮らしを始めたばかりで私は猫を譲り受けたのだ。小さな子猫。でもあっという間に大きくなった。或る日彼のお気に入りのぬいぐるみが血だらけになっているのに気づき慌てて彼の身体を全身くまなく調べたのだが何処も怪我していない。いや、ぬいぐるみの腹に何かが刺さっている。そして気づいた。歯だ。そうか、彼の歯が抜け変ったのか。そんなふうに抜け変わるなんて知らなかった私は、小さな可愛い歯を見つけてようやっと胸を撫で下ろした。一事が万事そんな具合だった。だって幼い頃の私にとっては猫は天敵だったから、猫がどんなものを好み、どんなふうに暮らすのかなんてこれっぽっちも知らなかったのだ。仕事が真夜中まで終わらない日は電話をかけ、留守電に向かって声を掛けた。「ももー、ももー、もうちょっと待っててねー」。そう言い終わるか終わらないかのところでだいたい、彼は受話器をがんっと蹴飛ばした。ツーッツーッツーという音だけが流れて来る。私は慌ててリュックを背負って自転車に乗り家路を急ぐ。毎日がそんな具合だった。私が被害に遭った時も、彼は居た。私がリストカットに苦しんでいた時も彼は居た。眠れずひたすらプリント作業をしていた夜も彼はそこに居た。私がじたばたしていようと何していようと、彼は顔色ひとつ変えず、ただただそこに、居てくれた。あの頃、彼がいなかったら、今私はここまで生き延びていなかっただろう。大げさじゃなくそう思える。そのくらい、彼はあの頃の私にとってかけがえのない、唯一無二の存在だった。決して私を見捨てない、私を見守ってくれる存在だった。それは彼がこの世界からいなくなるまで続いた。
今、ワンコがここに居る。ワンコをもらい受けることになった時私は悩んだ。あの猫を裏切るような気がしたからだ。あんなに深い絆で結ばれた者同士だったから、他の者をもらい受けるなんて、想像ができなかった。悩みに悩んで、Mちゃんに相談した。私の猫をよく知る友に。
Mちゃんは開口一番、こう言った。素敵じゃない、ワンコと暮らしなよ! だから私は彼女に言った。ももを裏切る気がして、気が進まない、と。Mちゃんは、「ももは喜んでると思うよ。あなたが新しい家族を迎えること。喜んでると思う」。
Mちゃんの言葉がなかったら、私は踏ん切りがつかなかったかもしれない。
結果、ワンコをもらい受け、今に至る。今私の作業机の棚の脇に、もも猫を抱いた写真が飾ってある。いつもこの写真を見上げながら、私はももを思い、そしてワンコと散歩にゆく。

ああ、一日中頭痛が離れてくれなかった今日も、じきに終わる。長い、長かった。痛みにずーんと圧し潰されそうになる一日だった。肩や首や頭だけでなく、もはや全身が痛い。私の頭痛は緊張型頭痛と主治医が言っていたけれど、身体痛も緊張型なのかしらんと思えて来た。いや、緊張型身体痛などというものがあるのなら、の話だけれど。


浅岡忍 HOMEMAIL

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