ささやかな日々 / 浅岡忍

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2020年04月24日(金) 
通院日。病院は一週間ごとに通っているのに、何だかすごく久しぶりな気がする。コロナのせいで一日一日の区切りが曖昧になっていて、たとえば三日が一続き、みたいに感じられるせいかもしれない。
カウンセリングの際、コピーして線引きしておいたものをもってカウンセラーに分からないことを次々訊いてゆく。が、カウンセラーが、「最終的にはあなたがどうしたいのか、だと思うの」と言う。
「これが正解の生き方、治療法、などというものはないのよ。あなたがこうなりたい、こうありたい、というところに向かって私たちはサポートしていく、そういうものなのよ」
「だから、最終的にあなたがどうなりたいか、どうありたいか、によって、選ぶ道も変わるでしょう?」
「考えてみて」

なるほど、そういうゴール地点を私は定めていないのかもしれない、と、はっとした。はっとして、何も応えられなかった。当然だ、ゴール地点を定めていないのだから、そのゴールをイメージしてみてと言われても何も応えようが、ない。

帰り道もずっと考えていた。私はどうなりたいんだろう。
そんなイメージ、持つことさえできない自分がいたとは。それも発見だ。そしてほぼ同時に気づく。そういえば本の中にそんな下りがあったな、狭窄だったか、その項目に。未来をあれこれ夢見たり想像したりすることもできなくなってどんどん狭まってゆくのだとかいう文があったな、と。
自分に未来なんてない。未来がないということも考えない。という状態に私は慣れきってしまっていたのかもしれない。一生懸命今イメージしようとしても、欠片さえイメージがわかないのはそういう為かもしれない。
来週まで、必死にあれこれ考えてみよう。


浅岡忍 HOMEMAIL

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