Mako Hakkinenn's Voice
by Mako Hakkinenn



 安倍新内閣発足
2006年10月04日(水)

 自民党の安倍晋三総裁が先月26日午後、衆院本会議の首相指名選挙で、第90代、57人目の首相に選出された。初の戦後生まれで、戦後最年少の52才。同日夜に自民、公明両党連立の安倍内閣を発足させる。

 安倍内閣は、財政再建や社会保障財源としての消費税率引き上げ、中韓両国との関係改善などが大きな課題。この日召集された臨時国会では、インド洋で米軍艦船などに給油支援するためのテロ対策特別措置法延長の改正案や教育基本法改正案の成立を最優先に取り組む。10月には衆院神奈川16区と大阪9区の補選、11月に沖縄県知事選と選挙が続き、来年4月に統一地方選、来夏には与党過半数維持をかけた参院選を控えている。民主党は対決姿勢を強めていくのは確実で、国会攻防も激しくなりそうだ。
 安倍氏は参院本会議でも首相に選出。直ちに首相官邸で組閣作業に着手、同日夜に皇居で首相の任命式、閣僚の認証式が行われる運びだ。これに先立ち、小泉内閣は26日午前の臨時閣議で総辞職、5年5ヶ月の政権に幕を閉じた。

 共同通信社が先月26日夜から27日にかけて実施した全国緊急電話世論調査で、安倍内閣の支持率は65・0%となり、発足直後としては宮沢内閣以降で小泉内閣、細川内閣に次ぐ3番目の高さとなった。支持理由は「ほかに適当な人がいない」が22・6%で最も多く、次いで「首相を信頼する」が21・9%だった。不支持率は16・2%。安倍晋三首相が靖国神社を参拝すべきかどうかについては「すべきではない」が51・3%と半数を超え「すべきだ」の33・0%を上回った。安倍内閣が取り組むべき最優先課題では(1)年金などの社会保障37・9%(2)景気対策17・5%(3)財政再建11・6%の順となった。26日に発足した安倍内閣の顔触れの印象は「代わり映えしない」が23・3%で最も多く、次いで「派閥順送りで改革のイメージがない」が16・6%。肯定的な評価では「改革にむけた意気込みを感じる」が15・5%、「重厚で安定感がある」が11・0%となった。

 世論調査の結果は、非常に実直だと思う。僕自身の安倍内閣の印象も「ほかに適当な人がいない」だからだ。さらに付け加えさせてもらうと、安倍内閣は「頼りなさそう」である。前者の印象については、小泉前総理が安倍氏を“ポスト小泉”として育て上げ、小泉前総理が首相任期中に推進してきた構造改革の継続を安倍氏に託し引き継いでいったことから当然といえる。
 しかし後者の印象については、安倍新総理のイメージが、あまりにも真面目で温厚すぎる人柄であること、そして小泉前内閣からの継続政策以外の、安倍新総理独自の具体的な思想や理念が見えてこないことから来ている。

 まず人柄から言えば、はっきり言って安倍新総理には歴代総理たちのような個性やクセといったものが感じられない。言い換えれば“一国の首相”としての貫禄やインパクトが欠けているのだ。総理大臣を務めるのに貫禄やインパクトは必要ないのかもしれないが、僕個人的には、やはり国会で野党との攻防に動じないような打たれ強さや、外交に於いても各国の首脳たちと顔を揃えても迫力負けしないだけのインパクトが欲しいところだ。これまでの安倍新総理の言動を見ていると、どうも他の議員や記者団たちに対して萎縮ともとれる印象を感じてならない。一国の首相として、説得力のある自信に満ちた迫力が必要だ。

 そして問題なのが、安倍新総理独自の路線が見えてこないことだ。もちろん小泉前内閣からの継続政策を担っているわけだから、長期的な政策を実現させるためにも、前内閣と同様の思想や理念は必要だ。しかし、ただそれだけでは進歩や発展はないわけで、前内閣の路線を継承しつつも、新たな安倍ビジョンをもう少し具体的かつわかりやすく打ち出してもらいたいものだ。

 僕が持っている安倍新内閣に対するマイナスイメージが、今後どのように変わっていくかが見物である。



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 F1にも韓流ブーム到来か
2006年10月03日(火)

 日本ではここ近年韓流ブームが続いているが、韓国ではかつてマカオグランプリとセットで国際F3レースが行われたことがあり、来月15日にはチャンプカーレースがアンサン・サーキットで初めて開催される予定だ。またレースタイヤでは『クムホ』がすでにF3ユーロシリーズなどのオフィシャル・サプライヤーに指定されていて、かねてからF1進出を模索しているのは周知の事実だ。

 その韓国で2010年からF1韓国グランプリが開催されることが、今日正式発表された。契約期間は2016年までの7年間で、さらに5年のオブションを含むという長期のもの。場所は韓国の全羅南道で、このため同地は2009年末までに総額約2億6千万ドル(約310億円)を掛けて新サーキット『韓国国際サーキット』(仮称)を完成させる工事に取り掛かる。これについてフォーミュラ・ワン・マネージメント代表のバーニー・エクレストンは、「F1グランプリの定着にはハードだけでなく韓国人ドライバーやチームの参戦が不可欠」と語り、今後韓国人F1ドライバーの育成に援助を惜しまない姿勢を明らかにした。

 韓国グランプリが開催されることのデメリットは今のところ見あたらない。逆に考えられるメリットは非常に多い。これまでグランプリ開催国が主にヨーロッパ圏内と、世界選手権と言いつつもヨーロッパ色が非常に強かったF1が、近年はマレーシア、中国、バーレーン、トルコといった非ヨーロッパ圏での開催が増えていく中で、さらにアジア圏に新たな開催国が加わることで、主催者側としても新たなファンとマーケティング市場の開拓が期待できる上、より多くの国々にF1の知名度を広げることができる。これは現在F1に参加しているスポンサーや自動車メーカーにとっても同じことが言える。

 チームやドライバーにとっても、新たなスポンサー獲得が期待できる。さらに今後アジアでのF1人気が加速すれば、アジア人ドライバーがF1に進出することになるだろう。そしてスーパーアグリのようなアジア資本のF1チームが増えていけば、これまでヨーロッパ資本のF1チームの中で実力以外の理由で候補から外され、短期間でF1断念を余儀なくされてきたアジア人ドライバーに対してもバックアップが確立され、よりアジア人F1ドライバーが活躍できるようになるだろう。

 F1が脱ヨーロッパ色を加速させ、ジャパンバッシングのような差別がなくなることを期待したい。



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 マージン・ゼロ(F1第16戦中国グランプリ決勝)
2006年10月01日(日)

 ついにフェルナンド・アロンソ(ルノー)とミハエル・シューマッハ(フェラーリ)のポイントが並んだ。イタリアグランプリ前には実に12ポイントもの差を広げていたアロンソだったが、イタリアグランプリでフェラーリの不正が原因でアロンソはエンジンブローでリタイヤ、シューマッハが優勝をさらって一気に10ポイント差を縮め、そして今回の中国グランプリでシューマッハ優勝、アロンソ2位となり、ポイントは共に116ポイントとなった。ただし、優勝回数でシューマッハが上回ったため、現時点でチャンピオンシップはシューマッハがアロンソを逆転したことになる。

 レースでは、やはりミハエル・シューマッハのフェラーリが速かった。6番手スタートだったシューマッハは得意のウェットコンディションでのレースで、ブリヂストンタイヤの恩恵を受けてファステストラップを連発し、前をゆくホンダ勢をかわし、ライコネンのリタイヤにも助けられ、レース序盤で早くもルノー2台の後ろ3位に順位を上げた。
 一方、ポールポジションからスタートしたフェルナンド・アロンソはレース序盤にペースが上がらず、30周目にはチームメイトのフィジケラ、そして翌周にはシューマッハにかわされてしまう。

 レース中盤以降は雨も上がり路面も乾き始め、ドライタイヤへ履き替えるドライバーが増える中、3位アロンソが35周目に上位陣では一番先にドライタイヤへスイッチする。右リアタイヤの交換に手間取り6位まで順位を落としたアロンソだったが、スタンダードウェットタイヤを履いているラップリーダーのフィジケラ、2位シューマッハを上回るペースで追い上げを見せる。
 40周目にシューマッハがピットに戻り、ドライタイヤに替える。フィジケラもその翌周にドライタイヤを装着し、トップでコースに復帰するが、フィジケラが1コーナーでラインを膨らませ、シューマッハはそのイン側からオーバーテイクしてついにトップに立った。
 3位アロンソはファステストラップを連発し、前方との差を詰めていく。2位フィジケラと15秒以上あった差はあっという間に縮まり、48周目のバックストレートでフィジケラを交わす。雨が降り始めたレース終盤、アロンソは勝利を諦めない追い上げを見せたが、シューマッハにあと3秒届かなかった。

 今日のレースは、ルノーの不甲斐なさが目についたレースだった。もちろんシューマッハとフェラーリのブリヂストンタイヤがルノーのミシュランタイヤよりも有利な状況だったこともあるが、ウェットコンディションでルノーの2台は、後方から追い上げるシューマッハに対して為す術がないという有様だった。これはシューマッハのウェットレースでの速さを褒めるべきだろう。
 ただ、ルノーはアロンソのピットインの際にタイヤ交換に手間取ってタイムロスし、さらにフィジケラはピットアウト後にミスをしてシューマッハのオーバーテイクを許し、結果的にタイトル争いを演じるアロンソに対して何らサポートできなかったばかりか足を引っ張る形となり、終わってみればシューマッハが今シーズン初めてタイトル争いでトップに立つこととなった。

 残りは日本とブラジルの2戦。追いつかれたものは仕方がない。何とかあと2戦でアロンソにはミスのない完璧な走りをしてもらい、シューマッハの勝ち逃げ引退だけは阻止してもらいたいものだ。



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 F1第16戦中国グランプリ(予選)
2006年09月30日(土)

 F1第16戦中国グランプリの予選はウェットコンディション、この雨がタイトル争いを展開するルノー、フェラーリの明暗を分ける結果となった。
 
 予選第1ピリオドではトヨタ、ミッドランド、スーパーアグリの3チームが姿を消し、ルノーがフェルナンド・アロンソ、ジャンカルロ・フィジケラの順でワンツー体制を築いた一方、フェラーリはフェリペ・マッサが13番手ミハエル・シューマッハが14番手で辛くも第2ピリオドに進出した。

 第2ピリオドが始まる頃には一層雨の激しくなり、スピンやオーバーランするマシンが続出する。アロンソがトップ、フィジケラが僅差で2番手に浮上する一方、一時トップタイムを記録したシューマッハは、最終的にBMWザウバーのロバート・クビサにタイムを上回られ、9番手で辛くも最終ピリオドへ進出、チームメイトのフェリペ・マッサは第2ピリオドで姿を消す。ウィリアムズ・コスワース、トロロッソの2チームに加え、レッドブルのデビッド・クルサードもここで姿を消した。

 雨が弱まった最終ピリオドでポールポジションを獲得したのは、ルノーのアロンソ。チームメイトのフィジケラも2番手に続き、カナダグランプリ以来7戦ぶりのフロントロー独占となった。ホンダのバリチェロとジェンソン・バトンが同タイムで2列目に並ぶ。ミハエル・シューマッハは5番手に食い込む渾身の走りを見せたが、最終的にマクラーレン・メルセデスのキミ・ライコネンに抜かれて6番手に終わった。雨を味方につけたアロンソとルノーが、ドライバーズ、コンストラクターズの両タイトル獲得に向け、絶好のポジションから明日の決勝をスタートする。

 前戦イタリアグランプリでシューマッハに2ポイント差まで詰め寄られたアロンソ、そしてフェラーリにポイントで逆転を許したルノー。しかし勢いは未だにアロンソ、そしてルノーにあるようだ。特にコンストラクターズ争いでは、ルノーがフロントロー独占なの対し、フェラーリはシューマッハ6番手とマッサ13番手。ルノーとアロンソが逆境をはねのけて再びここ中国グランプリでポイントを稼いで差を広げられるか、明日の決勝は非常に重要な局面を迎えそうだ。



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 清水エスパルスの復活
2006年09月25日(月)

 サッカーJリーグの清水エスパルスは、元々静岡市としてはもっとも近いクラブチームだったので、僕もJリーグでは清水エスパルスを応援していたが、昨年静岡市と旧清水市が合併し、旧清水市が静岡市清水区となったことで、清水エスパルスは静岡市民の僕としても地元チームとなり、その愛着が増すこととなった。

 清水エスパルスは1993年のJリーグ創設時からの加盟チーム「オリジナル10」のひとつで、その初年度のファーストステージで4位、セカンドステージでは2位と最初から強さを見せ、2000年までに初年度を含んで2位3回、3位2回、そして99年にはセカンドステージで初優勝を飾るなど、強豪チームの一角として君臨していた。
 99年の年間チャンピオンシップは、ファーストステージで優勝した同じ静岡県のクラブチーム、ジュビロ磐田との静岡ダービーとなり、エスパルスはジュビロに破れてしまったため年間優勝はまだないものの、国内では2001年に天皇杯、1996年にリーグカップで1回ずつ優勝しており、さらに2001年、2002年にはスーパーカップを連覇しており、トーナメント戦で強さを発揮し、国際大会でも2000年にアジアカップウィナーズカップを制し、いくつかのタイトルを獲得している。

 しかし、チームは伝統的に延長戦に入ってからの勝ちが多いため、トーナメントでは好成績を収めながらも、リーグでは延長勝ちの勝ち点が2点に減点されたことや、さらに延長戦が廃止されてしまうと成績が下降し、2002年のセカンドステージ以降トップ10に食い込むことができなくなり、2ステージ制が廃止された昨年はJ1残留争いを強いられ、最終的に辛くもJ1に踏みとどまる15位でシーズンを終えるというチーム史上最悪の結果となってしまった。

 選手では、現日本代表の三都主アレサンドロが1997年に入団以降、持ち前のドリブルで左サイドのスペシャリストとして頭角を現し、99年のステージ優勝や、99〜2000年アジアカップウイナーズカップ、2001年天皇杯優勝にも貢献し、チーム全盛期の原動力となっていた。また、2002年の9月に、同年のFIFAワールドカップ日韓大会で韓国代表のスーパーサブ的な存在として、韓国を大会ベスト4に導く原動力となった安貞桓(アン・ジョンファン)を獲得した。
 しかし、それでも低迷から脱却することができないまま2004年に三都主、安貞桓を共に失い、2005年はチーム監督に元日本代表で清水エスパルスのOB、長谷川健太を起用してリフレッシュを図るも、前述のように15位という散々たる結果に終わった。

 清水エスパルスはこれまで、2002年までは監督契約を最低1年、長いものでは3年結んでいたが、チームが低迷した2003年から監督に就任した大木武を半年で行徳浩二に変え、翌2004年にはアントニーニョを監督に迎えるも成績は上がらず、その年に石崎信弘に変えるなど監督の入れ替わりが激しかった。
 しかし、エスパルスは今年、選手たちからの信頼が厚い長谷川健太監督を留任させ、長谷川エスパルスとして2年目を迎えると、昨年デビューした枝村匠馬、兵働昭弘、青山直晃ら若手選手が主力として定着し始め、昨年の天皇杯で準優勝の成績を収め、今年もルーキー藤本淳吾が主力として定着、またかつての日本代表森岡隆三、市川大祐、伊東輝悦らも復調を果たし開幕から上位につけるなど、長年の低迷期から脱却することに成功し強豪復活の気配を見せている。

 そして、シーズンも残りわずかとなった現時点で清水エスパルスは4位!久々の上位キープで、優勝争いにも絡む勢いを見せている。おそらく優勝する可能性は低いとはいえ、清水エスパルスが上位にいると、ここ数年はスポーツニュースでも優勝争いをしているチームの“当て馬”的な扱われ方しかしていなかったのが、気になるチームの試合結果の1つとして時間を割くようになったので、応援している僕としても思わず見入ってしまう。このままこの勢いを来シーズン以降も維持して、近いうちに年間チャンピオンを手にして欲しいものだ。

 残念なのは、静岡市出身の日本代表ゴールキーパー川口が、地元エスパルスではなく同じ静岡県のジュビロ磐田に移籍してしまったこと、そして昨シーズンを以てJリーグ開幕以来清水エスパルス一筋だった“ミスターエスパルス”こと澤登が引退してしまったことだ。



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 クリスチアーノ・ダ・マッタ、近く退院へ
2006年09月23日(土)

 今月4日付のVoiceでお伝えしたが、8月3日にアメリカチャンプカーシリーズのテスト中にコース上に進入した鹿と激突し、その後しばらく意識不明の重体に陥っていた元F1ドライバー、クリスチアーノ・ダ・マッタが、意識を取り戻してからは驚異的な回復力を見せ、近く退院することが明らかとなった。

 ダ・マッタの実兄グスタボさんが昨日明らかにしたもので、それによれば兄弟は前日共に食事のために病院外のレストランに外出し、クリスチアーノ本人は食欲も旺盛ということで、自身で歩くこともできているという。

 一時は最悪な結果も予想されたダ・マッタだが、無事に退院できるまでに回復できたことは非常に喜ばしいことだ。今後はゆっくりとリハビリを続け、いつかまたレースシーンに復帰できることを心から願うばかりだ。



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 FIA、ブリアトーレの八百長発言を不問
2006年09月22日(金)

 ルノーのフラビオ・ブリアトーレ代表が、ルノーのマシンR26のマス・ダンパーが突然違法とされて禁止されたこと、そして今月9日に行われたF1イタリアグランプリの予選ではルノーのフェルナンド・アロンソがフェラーリのフェリペ・マッサに対し走路妨害をおこなったとして予選タイム剥奪のペナルティを受けたことに対し、「F1ではフェラーリがチャンピオンを獲るよう仕組まれている。この八百長ぶりは、イタリアサッカー界を揺るがせたスキャンダルよりも深刻だ」とコメントしたことに関し、FIAが重大な関心を持っているとし、今後の調査次第では処分もあり得ると警告していたが、結局ブリアトーレに対して処分することは断念したようだ。

 当然である。

 フラビオ・ブリアトーレは間違ったことは言っておらず、八百長は明白な事実だからだ。これでブリアトーレに対して何らかの性分が下されていたら、まさに暴挙である。

 ブリアトーレが指摘した2つの八百長によって、アロンソはドライバーズチャンピオンシップではタイトルを争っているミハエル・シューマッハとわずか2ポイント差に、またルノーはコンストラクターズ・チャンピオンシップですでにフェラーリに逆転を許すこととなったが、イタリアグランプリの予選でルノーのアロンソに対して下された走路妨害のペナルティについては、各方面から疑問の声が聞かれ、FIAはこのほど走路妨害に対する審査対象をより厳格なものとすることとし、これを各チームにファクシミリで通達した。FIAによれば、今後はドライバーの走行を妨げる明確な、故意の試みが認められた場合にのみレース・スチュワードが介入することに改められるという。

 ちなみに、明白な八百長行為であるためブリアトーレを処分できなかったFIAのマックス・モズレー代表は「誰でも激したはずみに衝動的な発言をすることはある。そうした状況を考えれば、ある時にはそれに対し寛大である必要がある。」という苦しい言い訳をした。



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 ぽよぎ、シューライダーに乗る
2006年09月20日(水)

 先月30日のVoiceで紹介しましたが、当サイトのトップページにいるハーボット・ぽよぎに「シューライダー」というおさんぽ用の乗り物をプレゼントしたのですが、そのシューライダーに乗っておさんぽに出かけるぽよぎを捉えた貴重なスクリーンショットを、スカリーさんに送ってもらいました。スカリーさんありがとうございました!



シューライダーに乗るぽよぎ


 実は僕もぽよぎがシューライダーに乗っておさんぽに出かけるところを1回だけ目撃しましたが、いつものようにおもむろに「ちょっとおさんぽしてくる」と言った後、センターサークルからシューライダーを呼び出し、片方の角を取り外してセンターサークルの中央に置き、その後宙に浮くシューライダーの上に飛び乗って2〜3安全確認をした後、嬉しそうに笑顔を振りまきながら手を振って、さっそうと走り去っていきました。

 で、シューライダーに乗っておさんぽに行くシーンは見ることができたのですが、おさんぽから帰ってくるシーンを、実はまだ見たことないんですよね。どなたかぽよぎがおさんぽから帰ってくるシーンを目撃された方、目撃レポートとスクリーンショットを送って欲しいです。



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 Mako、マリンタワーに登る
2006年09月18日(月)

 昨日のスナフキンの結婚式の後、同じ大阪芸大の友人である大木夫妻の豪華マンションに泊めさせてもらったわけですが、大木は仕事で早朝に出勤してしまったので、残った4人は奥さん手作りの美味しいサンドイッチをごちそうになり、朝から優雅でリッチな気分を味わい、午前中は図々しく居座ってまったりとした時間を過ごしていました。

 お昼近くになって、そろそろおいとましようということになったのですが、土地感のない4人のために、奥さんがわざわざ一緒にバスに乗って最寄り駅まで案内してくれました。「うちに泊まりに来いよ」と行ってくれたのは旦那の大木の方でしたが、実際は奥さんに何から何までよくして頂き、本当にお世話になりました。大木は良い奥さんがいて本当に幸せ者だなあと思いました。

 さて、大木邸の最寄り駅で大木の奥さんともう一人東京に住んでいる1人と別れた後、僕を含めた3人はみなとみらい線に乗って、まずは横浜中華街に向かいました。今日も台風が接近していて非常に雨風が強かったのですが、中華街を一通り散策した後、そのうちの1軒の店に入り、昼食を食べることにしました。

 入ったお店は中国人の奥さんが経営しているお店だったのですが、炒飯、餃子、麻婆豆腐、青菜炒めはまあまあ美味しかったのですが、一番楽しみにしていた小籠包(ショウロンポウ)は、表の皮を破っても中からアツアツの肉汁が出てこなくて、期待していたほど美味しくなかったのでガッカリしてしまいました。これならわざわざ中華街で食べなくても、静岡にいくらでもここよりも安くて美味しいお店があるなあと思ってしまいました。

 その後雨が止んだので、先月僕も行った山下公園沿いのマリンタワーに行きました。このマリンタワーの下にはコーヒーショップの出店があり、僕は先月来たときにこのお店のアフォガード(アイスクリームに熱いエスプレッソコーヒーをかけて食べるデザート)を食べて気に入ったので、2人にも薦めました。2人も気にいたようなので「な!めっちゃ美味しいやろ?」と得意げでした。

 その後、先月来たときには上まで登らなかったのですが、今回はマリンタワーの最上階の展望台まで登ってみることにしました。マリンタワーは結構歴史の古い建物で、内部は昨年大阪に行ったときに登った通天閣に似ていて、一昔前のアーケードレースゲームや2人で銃で撃つゲーム、それにかなり旧式のマリンタワーオリジナルプリクラ機などが設置されていました。せっかくなので3人でプリクラを撮りました。30過ぎのいい大人3人で……。



横浜市内方面



山下公園の外れ、先月写真を撮ったコンテナのオブジェも見える



みなとみらい方面



京浜工業地帯方面



関東の海の玄関、横浜港



山下公園と現在は引退してレストランになっている氷川丸


 この後、他にも色々回ろうと思っていたのですが、再び雨が降り出してしまい、しかもスナフキンの結婚式でもらった引き出物の紙袋が雨で破れてボロボロになってしまい、これ以上持ち歩くと中身が全部出てしまうという事態になってしまったので、歩き疲れたこともあり、そろそろ帰ろうかということになり、中華街に到着してわずか3時間あまりでみなとみらいを後にし、新横浜駅で解散しました。



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 Mako、再び横浜へ
2006年09月17日(日)

 うちの掲示板Barにも何度か書き込みをしたことがある、大阪芸大時代からの親友スナフキンがこのたびめでたく結婚することになり、その結婚式に出席するため、先月13日に続いて再び横浜へ行って来ました。しかもその結婚式場があるのは、先月行ったのと同じ、みなとみらいでした。
 スナフキンが現在横浜に住んでいて、結婚後も横浜で新婚生活を始めるので、結婚式も横浜で挙げると言うことは聞いていましたが、まさか先月行ったみなとみらいで挙げるとは思いませんでした。ただし、今回はクルマで行くという無謀なことはせず、ちゃんと新幹線で行きました。

 実は、当初僕はチャペルでの挙式と披露宴には参加せず、2次会から参加する予定だったのですが、1人披露宴に欠員が出てしまい、しかもそれが僕と同じ大阪芸大の友人だったので、スナフキンからその欠席することになった友人の代わりに披露宴にも出て欲しいと言われたので、予定を変更して何とか仕事の都合を付けて、僕も挙式から参加することにしました。

 僕が最初から参加できることになったからなのか、今日は台風が接近中だったこともあり、あいにく朝からずっと土砂降りの雨でした……。

 それでもスナフキンの結婚式、披露宴、そして2次会はすべて同じ結婚式場の敷地内でおこなわれたので雨の影響を受けることもなく、とても素晴らしく素敵なものでした。駆けつけた大阪芸大の友人たちとも久しぶりに会うことができ、とても楽しい時間でした。

 何と言っても一番驚いたのは、スナフキンの奥さんがめちゃくちゃ美人だったことですね。スナフキンは大阪芸大の友人たちの中でもっとも男前で、大学時代からモテモテだったのですが、やはりいい男にはきれいなお嫁さんが来るんだなあと改めて実感しましたね。僕も男前なので、きっと僕のお嫁さんもきれいなお嫁さんだと思います。

 ところで、この結婚式の2次会でプレゼント抽選大会があったのですが、クジ運の良い僕は、今回何とJTB旅行券2万円分が当たってしまいました!この旅行券は僕のハネムーンのためにとっておこうかな。ちなみに以前同じく芸大仲間の大木の結婚式に参加したときには、ビンゴ大会でフットスパを当てたこともあります。



芸大屈指の男前がいよいよ身を固めてしまった



奥さんめっちゃかわいくね?



名前は忘れましたが、披露宴で最初に出た料理



 2次会が終わった後は、スナフキン夫妻やご家族と別れ、芸大仲間10人で別の飲み屋に移動し、芸大時代の話やそれぞれの近況話などで花を咲かせた後、僕を含めた4人で前述の大木(コイツもヒュー・グラント並の男前)夫妻の家に押しかけて、泊まらせてもらいました。
 この大木夫妻の家というのが、かつて読売巨人軍が練習グラウンドに使用していた玉川沿いにある高級マンションで、家の中もトレンディドラマに出てきそうなこじゃれた部屋で、何だかものすごいリッチな生活をしているなあと感心してしまいました。奥さんがベランダで自家栽培しているハーブを使って美味しいハーブティでもてなしてくれました。お酒の後のハーブティが胃を優しくいたわってくれて、身体がすっきりとした気分でした。大木もいい奥さんに恵まれているなあ……。

 部屋の専有面積だけは、うちのマンションの方が勝っていましたぞ。

 うちにはまだ奥さんはいませんが……。

 明日は、せっかく横浜に来たのだからということで、祝日なので僕を含めた3人でみなとみらい巡りをしようという話になりました。僕は先日もみなとみらいに来ているので、僕が案内役を務めることになりました。

 続きはまた明日。



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