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『女性死神協会 会議中08』
『女性専用極秘相談室はこちらです』
朽木家母屋二階南東角部屋の奥にある隠し部屋の扉に、ひっそりと隠されるように物陰に貼られた紙には「女性死神協会本会ぎ場」と書かれていた。 「さて、みなさん!」 女性死神教会会長であるやちるの声が本会ぎ場に響き渡る。 堂々たるそのやちるの後ろでは、副会長である七緒が控えていた。 「やっぱりなんだかすっごくひさしぶりだよね」 「……それを口にされてはいけません。色々と大人の事情が」 ぼそりと呟いたやちるに、七緒が囁く。やちるは首を傾げたままだ。 「まあいっか」 その言葉を合図に七緒はくくっと眼鏡の位置を直し、黒板に書かれた議題を指し示す。 「さて、本日の議題はこちらになっております……女性死神隊員の皆様から、隊の関係者とは別にいろいろと相談できる人がいてほしい、という依頼がありました。確かに、女性の皆様が抱える悩みは仕事だけとは限りません。そして男性の多い社会ですから、悩みを打ち明けにくいということもあるでしょう。そこで、女性死神協会と致しましては卯ノ花隊長にお願いしまして、女性死神専用の相談室を設立することに致しました」 ふっと七緒の背後に卯ノ花が現れた。瞬歩とはいえ扉の開閉する音すら聞こえず、さすがの七緒も反射的に振り返った。 卯ノ花が微笑む。 「お続けになって下さい」 「は……っ、はい……ええと、まずはその存在を周知するため、皆様に相談して頂きます。それをまとめて女性死神協会新聞(不定期)に載せる予定です。皆様、相談内容を考えてこられましたね? それでは順にお願い致します」
「では、最初の方!」 「はーい、あたしね」 七緒の声に乱菊がのんびりと立ち上がり、壇上に向かう。どこからか運んできたソファに座る卯ノ花と向かい合わせに置かれた椅子に腰掛けた。 「よろしくお願いします」 「ええ、どうぞ」 頭を下げる乱菊に卯ノ花は柔らかい笑みを向けた。乱菊もにっこりと笑う。 「相談なんですけど、あたし、日番谷隊長のことが心配でならないんです」 「どういうことでしょうか」 「ほら、あたしが日番谷隊長に仕えるようになってから、もう十数年……あれ、もっとか、まあそこそこになるじゃないですか。でも隊長ったら、全然身長伸びてないようなんですよね。目線、変わらないですもん。そりゃあ、隊長も努力されてますよ? 小魚食べたり牛乳飲んだり、運動って言いながらぶら下がってみたり。あたしも、おやつにはカルシウムの多いものって思って骨せんべい出したりしてるんですけど……なかなか。雛森の方がちょっと伸びてるんですよね。この間、それを知った隊長が牛乳一気飲みしてむせていたのがいじらしくて」 卯ノ花が苦笑する。 「そうですね……幼い頃から霊力が強いと、体の方がそれを保つために力を使うらしくて成長が遅れることがあるのです。日番谷隊長もそれが原因と思われますが、あとは適度な運動と睡眠ですね」 ふむふむと頷く乱菊に、卯ノ花が綺麗な笑みを向けた。 「ですから、松本さん。残業のないようにきちんと仕事をなさらなければなりませんよ……おもしろがってないで」 乱菊が、はぁい、と首をすくめた。
「では、次の方」 「あ、はい、私です」 七緒の声に勇音がおずおずと立ち上がり、壇上に向かうとどこか慌てたように卯ノ花と向かい合わせに置かれた椅子に腰掛けた。 「よろしくお願いします」 「ええ、なんか照れくさいですね」 頭を下げる勇音に卯ノ花は柔らかい笑みを向けた。勇音は赤い顔で頷く。 「あ、改めてご相談申し上げるのですが、ええと、わ、私、もっと副隊長としてしっかりしたいんです」 「よくやって下さってると常々思っていますよ?」 「ありがとうございます……で、でも私、十一番隊の皆さんに隊長のように接することできないですし、いまだに怖い夢みては清音のところに駆け込んでますし、それで叱られて、とぼとぼ帰ったら荻堂八席に見つかって次の日は薬草採取で早いのに何してるんだって怒られてっていうかなんだかよくもやもやする感じで言われて、薬草採取では寝ぼけていたのか摘み過ぎて調合係の人が悲鳴を上げて、落ち込んでいたら荻堂八席に背筋を伸ばされてまたもやもやして花太郎には慰められて伊江村さんにまでそっとお茶を出されて……私の方が立場上、もっとしっかりしなきゃいけないのに」 卯ノ花が楽しそうに笑った。 「それは昨日のことですね。気にされなくてもよろしいのですよ。薬は必要だったのですから。調合の係もすでに薬品を作り終えています。ただあなたが可愛らしいから、皆がそうして……言って良いのかしら、楽しんでいるだけですよ」 その言葉に勇音は項垂れた。 「でもやっぱり、しっかりはしてないんですね……」 「それがあなたの良いところですよ。それにしてもちょっと楽しいことになりそうですね、ああ、気にしないで。独り言ですから。ふふ」
「では、次の方」 「うむ、私だな」 七緒の声に砕蜂が鷹揚に立ち上がり、堂々と卯ノ花と向かい合わせに置かれた椅子に腰掛けた。 「よろしく頼む」 「こちらこそよろしくお願い致します」 砕蜂と卯ノ花は同時に軽く頷いた。 「さて、私の相談事なのだが、単刀直入に言う。私としてはもう少し女性らしい体型になりたいのだが、どうすれば良いのだろうか」 一瞬、静寂が支配した。 卯ノ花は微笑みを崩さないまま、首を傾げる。 「女性らしいとは……ふっくらと適度な脂肪のついた乳房やお尻を含めた体全体、ということですか?」 「うむ。私の任務においては細い方が適していることが多いのだが、別に胸や尻があるからといって支障があるわけでもない。よって成長することに何ら問題はないのだが、何故か私の体は成長しないままもう百数十年。まあ個人の体質もあるだろうと思っていたが、先日、我が副官がしみじみと私のことを薄いだの小さいだの言うので、ならばその小さい目に焼き付けてくれるわと言い放ってしまってな」 「その副官は先日、こちらに運ばれて一日入院しておりましたが……まあ、こればかりは仰るとおり、体質というものがありますから。それに大前田さんはただ砕蜂隊長が新調されたお召し物を見て感想を述べただけだと言っておりましたよ」 「いや、感想の後、松本がこれを着たらすごかろうと奴が呟いたのを私は聞き逃してないぞ」 「…………一応、考えられる限りの助言を後ほど申し上げますけれど、過剰な期待はしないで下さいね?」
「では、次の方」 「はい」 七緒の声にネムが静かに立ち上がり、音もなく卯ノ花と向かい合わせに置かれた椅子に腰掛けた。 「よろしくお願いします」 「ええ、最近は怪我もなさってないようね?」 卯ノ花は優しく微笑んだ。ネムは小さく頷く。 「……私はもう少し人らしくなりたいのですが、どのようにしたらよろしでしょうか」 一瞬、場に緊張が走った。 卯ノ花は小さく息を吐いて、そして膝の上に置かれていたネムの手をとる。 「あなたは、もう人ですよ」 「でも、すれ違う人からときおり、人形のようだと。マユリ様の傑作であるべき私が人形であってはなりません。私には、何が足りないのでしょうか。阿近さんにお尋ねしても何も言わずに私の頭に手を触れるだけなのです」 「そうして、ご自身のお父様を思いやるだけでもう十分に人ですよ。阿近さんが何も言わないのは、もう十分だからです。確かに感情を外に出すのは苦手でしょう。加えてあなたが美しいから人形のようだと言われるだけであって、あなたは人形ではないのです。私は、あなたが色々なことを感じていることをちゃんと知っています」 ネムはゆっくりと瞬きをすると、小さな声で、ありがとうございますと囁いた。卯ノ花は柔らかい眼差しでネムを見つめる。 「……それでは、もう一つご相談なのですが、父が卯ノ花隊長に実験に協力願えないかともうし」 「お断りします」 卯ノ花は微笑んだまま言い切った。 「そろそろ実力でお断りしなければいけないようですね。ふふ、仕方ないですが、今度、十二番隊に参りましょうか」
壇上の端にある椅子に腰掛けていた七緒は、大きく息を吐いた。 「……なんて、なんて穏やかな会議なんでしょう」 「そうだね、七緒ちゃんはいつもツッコミで大変そうだから」 やちるが笑う。 卯ノ花が振り返った。 「お二人は何もありませんか?」 「あたしは、ひっつんと同じだからいいや。すぐに大きくならなくってもいいし」 「更木隊長の肩にいられなくなってしまいますものね」 「うん」 大きく頷いて、やちるは笑う。卯ノ花はそれを暖かく見つめ、七緒に顔を向けた。 「伊勢さんは?」 「卯ノ花隊長に毎回会議に出席して頂きたいです」 「それは無理ですね」 卯ノ花は七緒の肩を優しく叩いた。 「伊勢さんでなくては場が盛り上がりませんよ? それに私では、ねえ。今日だって抑えめに控えめにしてみましたから」 「……抑えめ控えめにしないとどうなるんですか」 「知りたいですか?」 微笑む卯ノ花に、七緒は勢いよく首を横に振った。
はい、やっぱりお久しぶりの女性死神協会です。七緒さんではなくて卯ノ花隊長にお願いしましたが、うーん、七緒さんじゃないと調子が出ませんね。卯ノ花隊長だと、どんどん黒くなってしまうので抑えめ控えめにしました。
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