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『女性死神協会 会議中09』
『忙しい貴女へリラックスタイムを』
朽木家母屋二階南東角部屋の奥にある隠し部屋の扉に、ひっそりと隠されるように物陰に貼られた紙には「女性死神協会本会ぎ場」と書かれていた。 「さて、みなさん!」 女性死神教会会長であるやちるの声が本会ぎ場に響き渡る。 堂々たるそのやちるの後ろでは、副会長である七緒が控えていた。 「久しぶりすぎて議題を忘れたよ!」 「元気に堂々誇らしげに言うことではありません!」 七緒が眼鏡の位置をくくっと直しつつたしなめる。 「……まあ分からないでもないですが。皆様お忙しくて、前回の会議からかなり経ってしまいました。確認のために申し上げておきましょう。本日の議題は現在の皆様にぴったりです。仕事に忙殺され、自室に戻っても何もする気力もなく倒れこんで眠り、朝になるとふらふら起きてまた仕事。疲れのためか常に緊張がとけない。そんな女性死神の方からの、どうやったらこの緊張を解きほぐしてくつろげるのか、というご相談への回答を考えます。相談室への相談か悩みましたが、幾つかの提案を差し上げたほうが選択できて良いかと思いましたので。皆様のリラックス方法を教えてください」
「では、最初の方!」 「はいはーい。あたしの得意分野よ」 七緒の声に乱菊が自信溢れる笑みを浮かべた。そして足元からずるりと一升瓶を取り出す。 「これしかないでしょ!」 「……あなたはそうかもしれませんね」 細められた七緒の目を気にすることなく、乱菊は一升瓶に貼られているラベルを全員に見せるように向けた。 「これ! 一押しの純米酒なんだけどね、飲み干した後、芳醇な香りがふわぁってなるのよ。飲みやすいから女の子にもオススメできるし。あまり辛くないから大丈夫、全然いけるから! 今年の品評会で金賞確実だと思うのよねえ。これ飲んだだけで幸せ気分になってふんわりするし、ふわふわしたまま眠れること間違いなし! 最高にリラックスできるわよ」 「お酒に弱い人の場合、次の日は確実に二日酔いで最高に気分最悪ですね」 七緒が大きく溜息をつく。 「まあ適度なお酒ということにしておきますが……乱菊さん、あなたもお忙しいのですから他にリラックス方法はないんですか」 「えっとー」 乱菊は微笑んで小首を傾げる。 「……仕事をしないこと?」 「却下します!」
「では、次の方!」 「は、はい、私です」 七緒の声に勇音がおずおずと手を挙げる。そして膝の上に置いてあった袋から、小さく四角形に折りたたまれた紙袋をいくつか取り出した。 「緊張した神経を解す効能のあるお茶を持ってきました。四番隊で栽培し、調合して効果をより引き出すようにしてあります。治療の補助として使用してきたものですが、このような相談もあることですし、一般へ公開することを考えています。まあ、販売という形になってしまいますが」 「まあ、とても良い案ではありませんか。こういうのを待っていたんです」 賞賛の言葉に、勇音はほっとした顔をする。そして柔らかに微笑んだ。 「とりあえず、皆様には実験台になっていただきますね」 全員が動きをぴたりと止めた。 七緒が代表としてゆっくりと問う。 「……実験台、とは」 「これまでは入院患者さんの体質に合わせて調合して使用してきたんです。それを一般に販売するのですから薬効を弱めて、かつ効果もでるところに調整しなければなりません。まあ、皆様でしたらちょっと効きが悪いかもしれませんけど、大丈夫でしょう。最終的には四番隊で試験しますから……もちろん、お受け下さいますよね?」 勇音の笑みはあくまで柔らかく優しげだった。 「…………十二番隊だけだと思ってたのに」
「では、次の方」 「うむ、私だな」 七緒の声に砕蜂が鷹揚に頷く。そしてぱちんと指を鳴らした。 直後、全身を黒い布で覆った刑軍と思われる数人に担ぎ上げられた巨漢が会議室に放り込まれた。 「なっ……大前田さん?」 一歩引いた七緒が、床に転がされている巨漢に声をかける。ぐるぐる巻きにされたその体がごろりと仰向けになると、確かに大前田だった。 「あー……やっぱり女性死神協会かよ」 驚くこともせず、大前田はだるそうに呟やいた。そんな足元の彼をなんら気にすることなく、砕蜂は胸を張って説明を始める。 「うむ。指示通りおとなしく運ばれてきたな。さて、私の提案はこの男の貸し出しだ。まあこやつがいないと二番隊としては困るのだが、この者の勤務時間外ならば許可しよう。とにかく役に立つことは確かだ。自室に戻れば部屋の空気は入れ替えられている、室内はきれいに掃除整頓されている、風呂は焚いてある、胃にやさしい夜食はできている、布団の中には湯たんぽが入って寝巻きも一緒に温められている。どうだ、これならば完璧だろう。ゆっくりくつろげること間違いなしだ」 七緒がこめかみを押さえた。 「いえ、二番隊副隊長にそこまでされてくつろげる剛の者はなかなかいないと思います……それに、大前田さんを貸し出して一番困るのは砕蜂隊長のような気がしますが」 「つうかお前ら、床に転がされている俺の存在とか人権とかを完璧に無視してやがるな」 縄を解くのも面倒なのか、転がったまま大前田が呟いた。
「では、次の方」 「はい」 七緒の声にネムが静かに手を挙げる。そして一枚の紙を広げた。 「『癒しの空間へようこそ。岩盤浴カプセルを貴女も体験してみませんか』……何を始めたの? 十二番隊は」 紙に書かれた文章を読んで七緒は首を傾げる。宣伝文句の下には、浴衣姿のネムが大仰なカプセルの中に座っている写真があった。 「いえ、十二番隊ではなく技術局です。この度、技術局が開発した岩盤浴カプセルの使用許可を頂きました。遠赤外線効果で皆様リラックスされること間違いないかと思われます」 「へえ……それはいいわねいいとは思うんだけどね技術局っていうのがね。ていうか、どうしてそんな一般的なものを開発したの? 技術局が」 七緒がポスターから目を離して尋ねた。ネムは表情を変えずに口を開く。 「データ採取に」 「ふうん、データ採……ってちょっと! やっぱり裏があるじゃないのよ!」 「いえ、堂々とした表の理由です」 ネムがそっとポスターの写真部分を指した。七緒は覗き込むように顔を近づける。 「……あんたの背中から出ている赤やら青やらの線は何?」 「データ採取のためです」 「表の理由ならもっと分かりやすくしときなさい! それに宣伝文句は嘘八百じゃないの! 却下! というより技術局にあとで行くから! 書き直させます!」
全身から吐き出すように大きく溜息をついて、七緒は横でずっと笑っているやちるを見た。 「……会長の案は」 「うちの稽古に招待するよ。稽古の日はよく眠れるってみんな言ってるもん」 やちるは誇らしげに言った。七緒はがっくりと肩を落とす。 「十一番隊の稽古は一般の死神には厳しすぎます……」 ぐりぐりとこめかみを押してうーと小さく唸るようにしている七緒に、やちるは首を傾げる。 「七緒ちゃんこそ、一番そういうの知ってそうなんだけど」 きょとんと七緒がやちるを見つめ返した。 「……お香とか、お風呂にゆずを浮かべるとか、暖かいスープを飲むとか、それくらいしか実践していないものですから」 「そういうのでいいんじゃない」 乱菊が面白そうに笑う。 「それらは効果がありますよ」 勇音が微笑む。 「うむ。苦労人の伊勢が実践していることならば説得力もあるだろう」 砕蜂が頷く。 「就寝前の軽い運動もされておりますよね」 「それは黙っておいて」 呟いたネムを七緒がきっと睨んだ。 「それでは、四番隊でのお茶の効能実験が終わりましたらこれらの案をあわせてお知らせすることにしましょう。温泉の素とか紹介するのもいいかもしれません。探しておきます。勇音さん、実験の計画が決まりましたら連絡お願いします」 「分かりました。みなさん、よろしくお願い致します」 勇音が軽く頭を下げる。そして会議が無事に終了したことに自然と拍手がおきた。 「…………つうか、俺、帰っていいすかね」 足元で相変わらず転がっている大前田が面倒そうに呟いた。
はい、お久しぶりの会議です。大前田は縄を解くのも面倒でずっと転がっていました。おとなしく捕獲されたのも、刑軍の皆様がぼそりと「ご命令です」と囁いたからです、というか抵抗するのも面倒だったからです(誰の命令かなんて分かってますから)。個人的にはメイドさんがいたらいいなあと思います。
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