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『女性死神協会 会議中04』
『夏の夜の野望』
十一番隊上等武闘場という看板の上には、べたりと貼られた紙には「女性死神協会本会ぎ場」と書かれていた。 「さて、みなさん!」 女性死神教会会長であるやちるの声が本会ぎ場に響き渡る。 堂々たるそのやちるの後ろでは、副会長である七緒が控えていた。 「本日のぎ」 「お忙しいところお集まり下さりありがとね!」 学習した通りに議題を指し示そうとした七緒は、やちるの挨拶に遮られて開けた口を所在なさげに動かし、きゅっと引き結んだ。やちるが振り返り、にっこりと笑う。七緒はくくっと眼鏡を上げる。眼鏡が光る。 「……やりますね、会長」 「えへへ」 お互いに不適に微笑むと、七緒は改めて黒板に書かれた議題を指し示した。 「さて、前回の会議で申し上げたとおり、一週間後に迫った花火大会に、私共も屋台を出店して運営費を稼ぐことに致しました。協会の運営費は非常事態であり、七夕祭りも盆踊り大会も逃した私達にはもう後がありません。皆様には稼げる屋台のアイディアをお願いしていたと思います。順次、発表して下さい」
「では、最初の方!」 「はぁい」 七緒の声に乱菊は気の抜けた声で返事をすると、スケッチブックをがんと机の上に立てた。 「屋台で儲けるとしたら、これしかないでしょ! くじ引き!」 スケッチブックには屋台デザインが描かれている。透明な箱には数字の書かれた紙きれが入っており、一枚一枚はひもに繋がれている。ひもは束ねられて箱の外に出されており、どのひもがどの紙に繋がっているのかはわからない……という定番の屋台だ。 「確かにお祭りでよく見かけますが、これでどうやって儲けるのでしょうか」 七緒が首を傾げると、乱菊はにやりと悪戯めいた笑みを浮かべた。 「ほら、この間出版した男の隊長達の写真集、載せていない写真も多いじゃない? それを大きく引き伸ばしてプリントしたものを景品にするの。そうしたら無駄もないし、手間も殆どかからない。何より材料費がかからないから、結果的に儲かるわよ」 「なるほど。準備も楽そうですし、時間のない今、いいかもしれません」 真面目な顔をして七緒は頷いている。 「でしょう? ただこれだと女性陣からしか稼げないのでもう一つ! 男性陣から巻き上げる為にあたし達の写真も出血大サービスしちゃいます!」 そう勢いよく言い放ち、乱菊はパネルをどんと机上に出した。その途端、声にならない悲鳴をあげて七緒が飛びつき、パネルを割らんばかりに机に伏せる。 「な……なっ、ななっ」 「何だ。見えなかったぞ」 横から砕蜂が覗き込もうとするのを背中で阻み、七緒はパネルをへし折った。 「あっ……せっかく作ってきたのに」 情けない声を出す乱菊を鋭く睨み、七緒は両手でパネルを粉砕する。 「……このような写真を用いるのであれば、風紀上、許可できません……! あ、あと、後でネガを提出すること。いいですね!」
「はい! 次の方!」 「は、はい。私ですけど……」 七緒の声に、勇音は半ば顔を隠すようにしてスケッチブックを取り出した。 「私、乱菊さんと被ってしまったので、これも無理なのではないかと思います……」 「あ、くじ引きなんですか」 スケッチブックには乱菊の描いた屋台よりもう少し可愛らしく飾られたものが描かれている。七緒の問いに勇音は小さく頷き、 「考えていた景品は違うのですが……写真集の残りの方が良かったかもしれません」 と呟いた。 「どのような景品を考えていたのですか。それによります」 七緒が、かつてパネルだった破片を詰めた袋を握りしめて言う。その破壊音に勇音はびくりとして、おずおずと話し始めた。 「いえ、人気の隊長の皆様から、何か愛用品を頂いてそれを景品にしてみてはどうかと考えました。やはり、瀞霊廷で人気があるのは隊長達ですから、その方々の愛用品ともなれば人も集まるのではないかと。それを目玉商品として集客に使って、他の景品はちょっとした小物を私達で作ってみてはどうかと」 「確かにそれはそうかと思いますが、はたして、隊長の皆様からご協力頂けるでしょうか」 「それは大丈夫です。誰にでも内緒にしていることってありますから」 「……は?」 訝しげに首を傾げる七緒に、勇音は爽やかな笑顔で説明する。 「ほら、四番隊って戦闘の補助や健康診断などで全隊に接触することが多いんですよ。清掃活動で人の行かない場所に行ったりもしますしね。そうしていると色々と情報が集まりまして。ふふ。勿論、口外なんてしませんけれど」 七緒の口の端がぴくりと引きつった。 「それは、もしかして……脅して愛用品を強奪する、ということでしょうか」 「そんな物騒なことはしませんよ。お願いするだけです」 あくまで柔らかに微笑んでいる勇音に、七緒はおそるおそる尋ねる。 「あの、参考に、なんですけど、もし私にお願いするとしたら、どうなさるんですか」 その問いに勇音はきょとんとして小首を傾げ、七緒の傍によると耳元に口を寄せて何事か囁いた。その途端、七緒が顔を青くする。 「……ごめんなさい、もう言わないでください」 「一撃必殺!?」 乱菊が驚いた声を上げるが、勇音はにこにことしたままだ。 「ただ、女性死神協会と隊長の皆様との関係を良好に保つためにも、ちょっと……ちょっとそのアイディアは没にさせてください……ああもう、勇音さんには逆らえないかもほんとごめんなさい」
「はい! 次の方!」 「うむ。私だな」 気を取り直した七緒の声に、砕蜂は鷹揚にスケッチブックを取り出した。 「屋台ならばこれであろう。射的だ……一般人にはコルク栓を弾丸とした鉄砲を準備するが、死神が客の場合はせっかくなのだから、鬼道をぶち当てるという遊技方法だ」 スケッチブックには屋台らしきものが描かれている。棚に並んだ人形とおぼしき物体や箱を、鉄砲で狙う人物と鬼道を撃ち出すのか手のひらを向けている人物の絵だ。 「なるほど。通常の射的と差別化を図り、客を呼ぶのですね」 七緒が感心した声で頷く。その言葉に砕蜂は不敵な笑みを浮かべた。 「ふっ。まだまだ甘いな、伊勢。それでは期待するほどには稼げぬだろう。いいか、本番はその先だ。客として訪れた死神の、射的での鬼道成功率を記録してだな、後日、所属する隊に報告してやるのだ。屋台での遊技ではなく、データの売却が真の目的だ。むろん、単純な射的ではデータとしては不十分であるから、そこは私の刑軍の部下に様々な障害を設けさせて難易度を高く設定することが望ましいな」 「後で協会が恨みを買いますよそれじゃ! それと! 刑軍の皆さんに任務外の仕事をさせては駄目です!」
「はい! 次の方!」 「はい」 七緒の声に、ネムがどこからともなくスケッチブックを取り出した。 「過去十数年のデータを参考に、金魚すくいの屋台を提案します」 スケッチブックには、何故か金網と鉄条網で囲われている屋台の絵柄が描かれている。それを眺めて、七緒は眼の淵をひくひくと引きつらせつつ、尋ねる。 「……金魚は人気あるでしょうけど、アイディアはいいんですけど、この物騒な屋台は、何?」 「危険を防止する為ですが」 「金魚すくいにどんな危険が潜んでいるのか、説明してもらわないとわからないんだけど」 七緒の顔を無表情で眺めて、ネムは小首を傾げた。そして気付いたようにスケッチブックのページをめくり、再び全員に指し示す。 「開発局が趣味で開発した、霊圧に反応して凶暴化する金魚を使用します」 「使用できるわけないでしょっ! 客も来ないわよ! つうか趣味で何そんなもん開発してるのよ!」 「……といいますか、金魚に見えないですよね、それ」 ツッコミ疲れが滲む声で七緒が叫び、勇音が呟いた。スケッチブックに描かれている魚は、口にびっしりと鋭い歯が生えており、金魚というよりピラニアという魚にそっくりだ。 しかしネムは首を横に振った。 「大丈夫です。この魚は近づく霊圧が強ければ強いほど、凶暴化し、かつ戦闘能力も高まります。つまり、隊長格がお一人いらっしゃれば、そこに激しい戦闘が起きることは明白です」 そこでやちるが、ああと笑った。 「そっか、剣ちゃんなら喜んで金魚すくいするよ」 ネムは我が意を得たりという顔で頷き、七緒の顔をじっと見つめた。その視線を無視して七緒は大きく溜息をつく。 「更木隊長からしか稼げません! だいたい、霊圧に反応するのでは、売り子をする私達が魚と戦闘しなければならないじゃないですか!」
がっくりと項垂れる七緒を見上げ、やちるがぽつりと、 「七緒ちゃんは何を考えてきたの?」 と問う。七緒は傍らに置いてあったスケッチブックを取り出し、やちるに示した。そこには微妙に歪んだ屋台の絵があり、『たこ焼き』と描かれている。 「皆で休暇を頂いて、花豆蛸(瀞霊廷で人気の希少な小型の蛸・ある海域でしか捕獲できず、高級料亭などで使用される)を獲ってくれば話題性もあっていいかなと思ったんです。なかなか食べられない貴重なものだから、値段を高くしてもいいだろうし、お客さんも集まるかと」 「でも、七緒。あんた、たこ焼き作れるの?」 乱菊の素朴な疑問に、七緒は顔を上げて睨んだ。 「切ったり混ぜたりするくらいは出来ます! ……焼くのは無理かもしれませんけど」 「ただ、あの伝説の蛸でしょう……たくさん獲ることは難しいですよね。蛸を獲ること自体は、私達なら問題ないとは思うのですが」 困ったように眉を寄せて勇音が言う。それに皆が頷いて考え込んだ。 その顔をぐるりと見渡して、やちるが、 「普通のたこ焼きでいいじゃん。それに『当たり』として伝説のタコを入れれば?」 と言った。全員の視線がやちるに集中する。 「それで、当たった人には景品あげるの。運が良ければ美味しい伝説のタコを食べられるし、景品ももらえるとしたら、みんな買ってくれると思うんだよね。どうかなあ」 「確かにそうすれば伝説の蛸は少なくても問題はないな」 感心したように砕蜂が顎を撫でた。その横でネムが無言で頷いている。 七緒は座り込むと、がっしりとやちるの手を両手で握りしめた。 「とても真っ当なご意見ですよ! 会長! 皆様、もう少し詰めなければならない事もありますが、この方針でいかがでしょうか」 七緒の言葉に全員が頷いた。初めてのまともな決議に、七緒は感動してやちるの手を握ったまま黙り込んでいる。 ひょいと乱菊がやちるの顔を覗き込んだ。 「やちる、あんたは何を考えてきたの?」 やちるはにっこりと微笑んだ。 「金平糖のつかみ取り」 「あ、そりゃ無理だわ。言わなくて良かったわね」 乱菊もまた微笑んだ。
※花豆蛸は管理人が勝手に考えたものです
はい、再開後、最初の協会でした。ノリがなかなか思い出せなかったのですが、まあ楽しく書けたので良かったです。お祭にはここ数年、全く行っていないので屋台ってどんなのがあっただろうかとしばし悩みました。地元や、昔通っていた学校の傍の神社では大きなお祭があったので、その遠い記憶を頼りにこうなりましてございます。ええと、乱菊さんが持ち出した写真の内容は内緒です。
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