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『女性死神協会 会議中02番外編3 後編』

3.しかたないから聞いてみよう

 荻堂を見送って、日番谷が年長者に挟まれて足を揺らしていると、急に背後に気配がした。日番谷は眉間の皺を深くし、京楽と浮竹は笑って振り向く。
「やあ、市丸」
 浮竹が快活な笑みで声を掛けた。ギンがへらりと笑って瞬歩で彼らの前に移動する。急に現れたギンを日番谷は睨み上げた。
「帰れ」
「うわ、酷いわあ。まだ何にも話しとらんやないの」
 ギンは大袈裟に傷ついたという顔をしてみせるが、それで日番谷はますます不機嫌になる。
「てめえの話を聞く気はねえぞ」
「まあまあ、日番谷、いいじゃないか」
 浮竹が取りなすように日番谷の肩を叩く。京楽も笑って、
「市丸だって何か良い考えを持っているかもしれないじゃないか」
と言った。その言葉に市丸は首を傾げる。
「何の話してはるの」
「いやね、日番谷君がバレンタインのお返しをどうするか悩んでいるから、色々と話をしているのさ」
 京楽がそう答えるとギンはにたりと笑う。
「はぁん。お返し、ねえ」
「何が言いたい」
「いやぁ、まあ大変ですなあ」
 睨む日番谷を茶化すようにギンは低くゆっくりと言って、可愛らしく小首を傾げてみせた。日番谷の眉間の皺はこれ以上ないくらいに刻まれるが、それを全く気にせずに浮竹も京楽も笑っている。
「市丸はどうするんだ? お前も沢山もらっているんだろう?」
 浮竹が爽やかに尋ねる。
「まあ仰山もらいましたわ。共通のお返しは、今一番人気の洋菓子店で買うてくるつもりですけどなあ。知ってはります? 『瀞霊廷東門前の石畳』ていう名で売られとる生チョコだとか」
 ギンの説明に京楽が、ああ、と声を上げた。
「知っているよ。一回だけ七緒ちゃんが一粒くれたことがある。なかなか手に入れられないけど、人から分けてもらえたって言っていたね。あれは本当に美味しかったなあ」
「そうなんですわ。それを隊長の権力振りかざしてどうにか頼み込みましてなあ」
「最悪だな、お前」
「いややなあ、本気にしはって。冗談やないの」
 日番谷のツッコミにも負けずにギンはへらりと笑う。
「でも頼み込んだのは本当ですわ。本来なら予約もできへんのやて。せやさかい、ちょい材料の調達やら何やらを援助する約束してん。これなら多分、喜んでくれはるやろ思いますけどなあ」
「確かに喜ばれそうだなあ。市丸は食べたことあるのかい?」
 浮竹が感心したように頷いてギンを見上げる。ギンは首を横に振った。
「無理に頼んだくらいですもん、あらへんあらへん。まあでも、十番隊副隊長さんもやちるちゃんも食べたことない言うてはったし、そのモノだけでも十分ですやろ」
「いやいや、十分に喜ぶだろう。目の付け所がいいねえ」
 京楽も頷いているのを見上げて、日番谷は複雑な顔をした。それこそ、その手があったか、という心境で日番谷は小さく唸る。同じ隊長格なのだから自分でもやってやれないことではないが、ギンの二番煎じという時点で日番谷はこの方法を諦める。
 見透かしたような笑みを向けるギンと眼があって、日番谷は不機嫌に、
「まあ、いいんじゃねえの」
と言う。ギンが愉快そうに笑うのを見ないようにそっぽを向いて、日番谷はとにかく他の人気の菓子は何だったかと記憶を検索し始めた。



4.上級者に聞いてみよう

 そこへ藍染が通りかかった。ゆったりと通りを歩いていた藍染はこちらに気付くと、柔らかな笑みをたたえて歩み寄ってくる。
「や、皆揃って何をしているんだい」
「いやね、なんていうか人生相談かな」
 京楽が面白そうに眼を細めて答える。藍染が不思議そうに日番谷を見て、だから日番谷は小さく、
「……バレンタインのお返しを考えてんだよ。いつも適当だからな。たまには」
と言った。
「藍染さんはどうしはるんです」
 ギンが愉快痛快という声で尋ねる。その言葉に藍染が苦笑した。
「いや、僕は毎年同じ物と決めているんだよ。店にもそう頼んであるし、決めていれば贈ってくれた人達も、これが返される、と判っているから便利だろう。つまらない答えで申し訳ないけど」
「いや、それは賢いな。どこの店なんだい」
 浮竹が頷いて藍染を見上げた。
「ああ、懐石料理の玻璃庵ってあるだろう。あそこの葛湯で、本来は料理の中でしか食べられないものがあるんだ。それを特別にお願いして」
「また特別かよ……」
 日番谷が唸る。藍染が再び不思議そうな視線を向けるが、それには京楽が答える。
「いやさ、市丸にもさっき尋ねたんだけどね。きちんと準備してあって、彼になかなかできないことをしているからさ」
「ああ、なるほど」
 藍染がくすりと笑い、日番谷を見た。
「僕の場合、かなり長いつきあいの店なんだよ。贔屓にしているし、だから頼めることなんだ。日番谷君はまだ若いんだから、そういうことはこれから先すればいいじゃないか」
 その言葉にギンが小さく笑い出した。堪えているのか、漏れるような声で笑っている。藍染がギンを振り返り、微笑んだ。
「どうしたんだい、市丸。何かおかしなことを言ったかな」
「いや、ボク、藍染さんが雛森ちゃんから何贈られてはるか、雛森ちゃんから聞いとるねん」
 ギンが笑いながら言うと、藍染の笑みが引きつった。それに構わず、京楽も浮竹も好奇心の眼をギンに向ける。日番谷も耳だけは澄ませていた。
「雛森ちゃん、ボンボンを十個、手作り詰めたらしいんやけどな。えらい可愛らしゅう笑うて『藍染隊長のために色々と工夫してみたんです』言うてなあ」
 十個。自分が雛森から贈られたボンボンの数は六個だったと日番谷は瞬時に差を数え、少し落胆する。しかし顔には全く出さず、そっぽを向いたまま耳だけをギンに向けた。
「ボンボンて、女性死神協会が作り方公表しとったんや。えらい怖ろしいもん作ってはるさかい、中身なに入れはったか聞いたら、すごいで。あれやで」
 ここでギンはにぃと笑って藍染をちらりと見る。
「養命酒」
 京楽と浮竹が同時に吹きだした。
 藍染はにこやかに微笑んでいるが口元が明らかに引きつっている。それを見上げて、日番谷は幼い頃の雛森を思いだしていた。昔から一生懸命なあまりに方向性を大きく間違える奴だったなあと、日番谷は感慨にふける。
「十個中、五個が普通の酒で、四個が養命酒ですやろ? 藍染さん? そら、日番谷さんのこと若い言わはるはずですなあ。なにしろ養命酒もろうてるお人ですもんなあ」
 ギンは愉快で堪らないというようにへらへらと笑って藍染を覗き込む。藍染はそれに笑って、
「ははは、言っておくが浮竹と京楽の方が僕より先輩だからね」
と答えた。しかし京楽はにこやかに、
「いやあ、さすがに僕は養命酒入りはもらったことがないよ」
と言い切る。浮竹は苦笑して、俺は常に薬を飲んでいるからなあ、と言った。
「君達、僕に味方する気はないのかな」
 藍染が引きつった笑みのまま言う。京楽も浮竹も爽やかに首を横に振った。
 日番谷がふと気付いて藍染を見上げた。
「そういや、残りの一個の中身は何なんだ。藍染」
 ひくっと藍染の顔が更に引きつった。ギンが更に笑みを深める。日番谷がギンに目をやると、ギンがにたりと笑い、
「……媚薬」
とだけ言った。
 藍染は引きつったままの顔で、
「いや……阿近君に、隊長格に効き目があるかどうか試したいと頼まれたらしいよ。僕も、最初にその媚薬入りを食べてみてくれと言われて食べたんだけどね……食べたんだよねえ……食べた後に知らされたんだよねえ……」
と遠い目で話す。その横でにやにや笑ったままのギンが、
「雛森ちゃん、ボクにもそう説明しはったけどな、実際にそうらしいけどな、雛森ちゃんの考えはどうなんやろなあ……まあ、自分の隊長さんで試すあたりすごいわあ、雛森ちゃん」
と明らかに面白がっている声で言う。
 京楽と浮竹と日番谷は無言で顔を見合わせた。



5.受け取る人に聞いてみよう

 ぐったりと原因不明の疲れを感じつつ日番谷が執務室に戻ると、乱菊がソファから体を反らしてこちらを見た。
「どうしたんですか、隊長。お散歩長かったですね」
 前の机には処理済みの書類も未処理の書類も山積みになっている。乱菊の前には湯飲みと菓子の入った浅籠が置かれているが、書類を手にしていることから一応仕事をしていたらしい。日番谷は眉間に皺を寄せたものの、何も言わずに乱菊の向かいに座る。
「松本。訊きたいことがある」
 乱菊がきょとんとした。
「はい、なんでしょうか」
「技術局が作った媚薬入りのチョコ、俺には食わせてないだろうな?」
 日番谷は一挙手一投足を逃さないように睨みつけて言う。乱菊が破顔一笑した。
「ふふ、なぁに仰ってるんですか、隊長! あたしが……ていうか、みんな隊長にそんなの飲ませるはずないじゃないですか」
「そうか」
 日番谷がほっとして息を吐く。乱菊は艶やかににっこりと微笑んだ。
「そうですよぅ。当たり前じゃないですか。隊長の初めて物語第一章をそんな方法で始めちゃおうだなんてあまりに哀れで誰も思ってな」
「てめえ、減給するぞ」
 凄む日番谷を気にもとめずに乱菊は笑う。
「冗談ですよ。媚薬は、快諾してくれそうな隊長にしかお願いしていないんです」
「京楽は確かにそんなことを言っていたが、藍染は何も知らされずに食ったって言っていたぞ」
 先程の会話を思い出して日番谷は遠い眼をする。乱菊は笑顔で頷いた。
「藍染隊長はそうです。あとはお願いして。お二人の他に飲んで頂いたのは東仙隊長と更木隊長ですね」
「え、更木の野郎は怒るんじゃねえの」
「やちるが頼みましたから」
 しれっと言い切った乱菊を見て、日番谷は背筋が寒くなるのを覚えた。怖ぇ、女って怖ぇ、と小さく呟く。
「とにかく、藍染隊長以外はちゃんとお願いして飲んで頂いているんです。技術局で安全性は確認されていましたし、確かめたかったのは隊長格でも効き目があるかどうかだったので。まあ男性死神を目の前に置いといて一口ごくりと」
 乱菊は淡々と怖ろしいことを説明する。
「ちなみに、男性を目の前に置いておくのはまあその、効き目があったときに女性だと問題に発展しかねないという配慮でですね」
「いい、それは判るからそれ以上聞きたくねえ」
 男だと別方向でかなりの問題に発展するだろうというツッコミをどうにか飲み込み、日番谷は説明を遮った。
「で、どうして藍染だけだまされたんだ?」
 その問いに乱菊は完璧な、心情を何も窺えない笑みを日番谷に向けた。
「……隊長…………がんばれっ」
「それはどういう意味だてめえ」
「あたしの口からこれ以上は言えませんよぅ」
 日番谷の霊圧がガンと跳ね上がるが、乱菊はその霊圧の中で艶やかに微笑んでいる。
「…………言っておくが俺は別に何も気にしてねえぞ」
「承知してますよー」
 乱菊はくすくす笑っていて、日番谷は憮然としてそっぽを向いた。その横顔を眺めて乱菊は柔らかく眼を細め、
「……雛森の最近お気に入りの店は『シェ・ツブラギ』っていうところですよ」
と言った。日番谷は黙り込んでいたが、小さく、
「……おう」
と答える。
「ここの席官達は多分、『四十万堂』の最中を喜ぶと思います。あっちの部屋で話題になってましたから」
「おう」
「あたしは何でも、隊長が選んでくださったものは本当に嬉しいですけど」
「…………」
 日番谷はちらりと眼を向けた。
「もし隊長が選ぶのにお困りになってしまうようでしたら、美味しい日本酒が嬉しいですね」
 そう言って乱菊は小さく、ふふ、と笑った。小首を傾げたその様子を日番谷は何も言わずに眺めて、そしてまたそっぽを向いて、
「おう」
とだけ言った。






 あとがき後半戦です。市丸さんは、女性陣に意見を聞くようなふりをして乱菊さんに「何が欲しい?」と訊いています。やちるちゃんにも訊いていますが、彼女は事情をそこはかとなく感じ取っているので乱菊さんと一緒に「『瀞霊廷東門前の石畳』がいいー」と言ってくれています。皆と同じで特別扱いしていない、けどこっそり特別、というのがいいなあと。うまく文章で出来ているかは別として。
 藍染様は、贔屓の店で特別に、というちょっと大人の雰囲気を目指しました。雛森さんの「養命酒」は藍染様の健康を気遣ってのことです。スピリタスを入れられるならこれだって!の勢いで。
 で、結局日番谷さんは、乱菊さんに助けてもらったということで。こうなると思いますよ。きっと。


  G*R menu novel short story consideration
Life is but an empty dream