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『女性死神協会 会議中03』

『春の色競い』


 十一番隊上等武闘場という看板の上には、べたりと貼られた紙には「女性死神協会本会ぎ場」と書かれていた。
「さて、みなさん!」
 女性死神教会会長であるやちるの声が本会ぎ場に響き渡る。
 堂々たるそのやちるの後ろでは、副会長である七緒が控えていた。
「本日の議題はこちらです!」
 七緒の声にやちるが拍子抜けた顔をして振り向いた。七緒はくくっと眼鏡を上げる。
「私も学習しております」
「……ちぇ」
「なんですかそれは」
 ふてくさるやちるに眼鏡をきらりと光らせ、七緒は黒板に書かれた議題を指し示そう、として前を見渡して首を傾げた。
「皆様、そろって肩掛けをすっぽりかぶっておられて……寒いですか? 本日は暖かいかと思っておりましたが」
 半ば独り言のようにそう呟き、七緒は改めて議題を示す。
「さて、様々な早春の行事も終了し、春も本格的にやって参りました。そこで女性死神の皆様から、心浮き立つ春に装いがいつも同じなのは哀しい、というご意見が出てまいりました。確かに我々死神の衣装は一部を除いて皆同じであり、襟元や帯の結び方、アクセサリーなどでの自己表現しか出来ません。そこで女性死神協会と致しましては新たな装束をデザインし、中央に提言していくことを前回の会議で決定致しました。そこで皆様には新たなデザイン案をお願いしておりました。順番に発表して頂きたいと思います」


「では、最初の方!」
「はぁい」
 七緒の声に乱菊のんびりとした声で返事をして、立ち上がると同時に被っていた布をばさりと落とした、途端、
「……っ! 何ていう格好してるんですかーーーっ!」
と、七緒が叫ぶ。乱菊はきょとんとして七緒を振り返った。
「何って……新しい装いだけど?」
 そう言って首を傾げる乱菊は、床まで届く裾の長い着物に前帯、打掛という花魁さながらの格好でそこにいた。華やかに結われた帯と首元にのぞく襦袢は鮮やかな朱色、着物と打掛は鴉色をしている。打掛の裾には大輪の菊花が織り模様で入っていた。着崩して着ているため、乱菊のふくよかな白い胸は普段よりあらわになっている。乱菊が腰に手を当てて、くねりとポーズをとってみせとすらりとのびた脚がにょきりと見えた。
 七緒の体がぐらりと傾いだ。
「デザイン画だけでいいんです! 画だけで!」
「えー、でもみんな夜なべで作ってきたわよ。いいじゃない、実物見た方が判りやすくて」
 乱菊はへらりと笑った。
「ちなみにテーマは『これで虚もめろめろ! お色気大作戦!』です。いつも袴だし、たまには脚も出したいかなぁって。春だし」
「動きにくいじゃないですか……っ……だっ、だいたいそれじゃあ跳んだときに見えちゃ」
「いやん、七緒ちゃんったらやーらしーい」
 体を震わせて無言の抗議をする七緒をさらりと無視して、乱菊は裾をひょいと持ち上げた。
「ほら、中にはちゃんと黒の半股引(膝までのスパッツのようなもの・祭りのときに法被の中に着用するあれ)を穿いてるから大丈夫よう。足下はネムのと同型のサンダルで動きやすく蹴りやすく! さぁどうだ!」
「全員が皆、貴女と同じような体型だと思わないで下さい! どう考えても普通は胸のところが余ります!」


「はい! 次の方!」
「は、はい。私です」
 七緒の声に勇音はおずおずと手を挙げて立ち上がり、被っていた布をそっと落とした。七緒が半眼になる。
「…………勇音、さん?」
「あ、あの、これだったら背の高い人でも似合うのではないかと思って」
 そう言って恥ずかしげに微笑む勇音は、凛々しい三ツ釦の黒スーツ姿だった。上質な生地で仕立てられたそれはウエストのところでくびれ、女性らしさも忘れていない。色鮮やかなスカーフをネクタイのように締めている。長い脚はスーツ姿だと際だって長く見える。
「どう、見ても、現世の洋装にしか見えないのですが」
「あの……現世の習慣もかなり流入していることですし、服装もそろそろ変革期を迎えてもいいんじゃないかなって」
 勇音は控えめに笑う。
「テーマは『清く凛々しく逞しく!』あの、こういう格好で刀をふるうのもかっこいいかなあと思うんです。ジャケットの下はベストです。これなら、ジャケットを脱いだときも、いいかなと」
 そう言いながらジャケットを脱いだ勇音のベスト姿は、より体のラインが強調されて凛々しくも女性らしい。
「もちろん、パンツスタイルですから戦闘にも問題ありませんし、靴底がかなり硬いので蹴りの威力も上がることと思います。それにヒールにして踏みつけると更に効果倍増かと」
「そんな人の良さそうな顔をして踏みつけだなんて口にしない! ていうかこの服装も人を選びすぎです! もっと一般的に!」


「はい! 次の方!」
「うむ。私だな」
 七緒の声に砕蜂は鷹揚に立ち上がると、被っていた布を勢いよく取り払った。七緒ががっくりと、頭が机に落ちんばかりに項垂れる。
「……砕蜂隊長、あの、それはどこかで見たことがあるような」
「それは気のせいだ」
 胸を張ってそう頷く砕蜂は、目にも鮮やかな黄と黒の横縞模様の法被を羽織っていた。背中には黒猫の戯画が堂々と描かれている。
「伊勢が見たことのあるものは縦縞であろう。安心しろ。あちらの応援で羽織るものは縦縞で白黒のものが多いはずだと記憶している。それに私は帽子も簡易拡声器も装着しておらぬ。デザインを拝借したとは誰一人思わぬ」
「やっぱり拝借したんですね……」
「……いや、何を言う。これは私が独自に開発したデザインでだな、テーマは『原点回帰』だ。背にはある高貴なお方をイメージしたマークを背負い、その周囲は蜂を喚起させる黄と黒の横縞を配置して、よる、ではない高貴なお方をお守りするという意気込みを表している。そうして己の基本に立ち戻り己を奮い立たせて」
「それはどう好意的にみても個人的な原点でしょうが! 一般的です一般的に! だいたい砕蜂隊長は隊長羽織があるんですからそれは着られません!」
「これを着て魂葬に参れば、その者もおとなしく魂葬されると思うが」
「橙色と黒がチームカラーの某球団だったら絶対に無理です! それこそ戦闘になります!」


「はい! 次の方!」
「はい」
 七緒の声にネムが音もなく立ち上がり、被っていた布を取った。その途端、七緒が勢いよく机に突っ伏した。
「……ネム、それって……ああもう聞きたくないかも」
「いえ、一応ご説明を。形状はどれす系のぼんてーじ、だそうです」
 そう言ってくるりと回転してみせるネムは、鈍く光る黒革に包まれていた。華奢な肩と美しい肩胛骨は露わになり、その下の胸と腹の一部を革がぴったりと覆い、背中で黒紐で括られている。腰骨の付近で下半身を覆う布が巻かれているため、下腹は黒革に隠されることもなく、へそが見えている。下半身に巻かれた布は太腿の上半分ほどまでで、そこから長い脚が伸びている。足下は黒いサンダルが黒紐で足首に固定されており、非常に細く高いヒールで支えられていた。
「とまあそのような感じで」
「……すごく丁寧な説明をありがとう。で、どうしてこんな格好に?」
「テーマは『征服者』なのですが……阿近さんにご相談申し上げたところ、これなら動きやすく、丈夫で、かつどこから見ても強そうだから女性の死神の皆さんによろしいかと」
「阿近さんのご趣味は判りましたようく判りました判りましたとも! ていうかこれ絶対に着たくないですからね私! 全っ然マニア向けじゃないですかこれ!」


 疲れ切って大きく溜息をつき、七緒は皆と同じように布をまとっているやちるに眼を向けた。
「会長も……考えてきておられるのですよね」
「うん、ゆみりんと一緒に作ってきたよ」
 勢いよく布を取ったやちるは、黒いベロア生地のワンピースを着ていた。ふっくらとふくらんだスカートや、肩の部分にふくらみをもたせている袖のすそには白いレースが揺れている。ウエストはきゅっとすぼめられ、同色のベロア生地のリボンが背中で結われていた。襟元は白いレースで、少しだけハイネックに作られている。足下は白いレースの靴下に黒光りする靴だ。
 七緒は再び溜息をついた。
「たいへん可愛らしいのですが……これで戦闘となると」
「あたしは出来るよ?」
「そりゃ会長はお強いですもの……」
 七緒ががっくりと膝を抱えて座り込む。
 そこへ、会ぎ場の戸が軽く叩かれて、開いた。卯ノ花が入ってきて、会議の面々を見回して微笑む。
「皆さん、色々と作られてきたのですね」
「う、卯ノ花隊長」
 勇音が飛び上がるように立ち上がり、礼をする。卯ノ花はにこやかに微笑みながら近づいてきた。
「卯ノ花さーん、どう?」
「可愛らしいですよ、草鹿さん。お似合いですね」
 やちるが足下に駆け寄って両手を伸ばすと、卯ノ花はその手を取って頷いてみせた。そして顔を上げ、困った表情を浮かべる。
「ですが、皆様に総隊長からの伝言です。『死神の装束は決して無理矢理に決められたものではなく、死神となる時点でその霊力が肉体を保護するために自然にとる形状をもとにしているのだから、多少の変更は良いけれど、根底から覆すような形にはしないように』とのことです」
「ええええーっ」
 全員が声を上げた。
「え、でもあたしの格好はちょっと袴をやめただけで、普通の着物ですから平気ですよね?」
 乱菊の問いに、卯ノ花は一言、
「戦闘服としては不適切ですよ」
とはっきり告げる。
「あ、あの、私のは動きやすいですし、形状も似てるといえば似ていると思うのですが」
 勇音の問いに、卯ノ花は、
「洋服である時点で根底から覆しておりますよね」
とにこやかに微笑んだ。
「私のはどうだ。法被以外は変更点がないから問題もなかろう」
 砕蜂の問いに、卯ノ花は迷うことなく、
「色彩があまりに派手すぎます。死神であることをお忘れなく」
と言い切る。
「あの、こちらは材質だけ異なるだけで、普段の私の格好とそうかわりませんが」
 ネムの問いに、卯ノ花は怖いくらいに優しげな笑みを浮かべて、
「その服装が示す意味が何もかも間違っておりますよ?」
とばっさりと斬り捨てた。
 やちるが卯ノ花を見上げて、
「ねえねえ、あたしのは?」
と問う。卯ノ花は屈み込み、やちると目線を合わせて微笑んだ。
「草鹿さん、いいですか。もうそのような服を着ることが許されない人もいるのですよ?
 ……私に・それを・着ろ・と?」
 やちるが珍しく顔を強張らせて力強く横に振った。
 七緒が涙目で卯ノ花を見る。
「う、卯ノ花隊長……毎回、会議にいらして下さい……」
「頑張って下さいね、伊勢さん」
 卯ノ花は慈悲に溢れた笑みを七緒に向けた。






 ええと……、卯ノ花さん最強伝説です。まあ妄想ということで。だいたい、絵柄で想像しているのですが、絵は描けませんからちょこちょこと文章で書いてみましたが……どうイメージされるかどきどきしています。  人気があったのは、勇音さんのスーツのようです。全員に着てほしいなどというコメントを頂けました。ああ確かに、スーツ姿はとても素敵そうです。

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