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雰囲気的な10の御題:哀

01.覚めない眠り  051005 up 日番谷
02.拒絶の言葉と  051012 up 七番隊
03.鳥籠に似た  051014 up ネムと阿近
04.記憶の断片  051011 up 白哉
05.深すぎる想い  051019 up 乱菊
06.乾いた瞳  051006 up 卯ノ花とやちる
07.その一瞬に  051013 up 勇音と日番谷
08.一筋の紅  051007 up 二番隊
09.傷つけばいい  051020 up ギン
10.例えばそんな結末  051021 up ギンと乱菊 NEW


配布元 Title--Melancholy rainy day



01.覚めない眠り
 冷えた眼を開けたまま硬直して倒れていた雛森を思い出し、日番谷は目を伏せた。
 日番谷の目の前では、雛森が寝台に横たわり深くふかく眠っている。静かな寝息。閉じられた眼。枕に広がる黒髪。青白い肌。窓から差し込む茜色の光が彼女を照らし、その色がほんの少しだけ、肌の色を柔らかく見せる。しかし太陽はすぐに沈み、この部屋は闇色に浸される。
 あの日から雛森は目を覚まさない。
 日番谷は部屋の入口から、眼を細めて眠り続ける幼なじみを見つめる。最後に交わしたのは、あの屋根の上で歪んだ泣き顔とともに発せられた言葉。こぼれ落ちる涙とともに零れた、自分を呼ぶ苦しげな言葉が今も日番谷を呼んでいる。
 どうしたら。
 どうしたらどうしたどうしたら。
「そんなの、俺にもわかりゃしねえよ……雛森」
 眼を閉じると紅い色が滲む。日番谷は目を開けて、目に焼き付けるように雛森を見つめると、踵を返して部屋を出ていく。
「……行ってくる」
 日番谷の歩く廊下は暗く静寂に満ちていた。





02.拒絶の言葉と
 狛村が執務室に入ってくると、草の匂いがした。
「丘に行っておられたんですか」
 茶の準備をしながら射場は静かに問う。窓辺に胡座をかいて、狛村は黙って頷いた。隠すことをやめて顕わになった金色の眼は思慮深くそしてただ静かに光る。
「檜佐木がおったわ」
 低い声が呟いた。
「奴も……色々と思うところがあるのだろう。ただ空を見上げておった」
 射場は何も言わずに、湯飲みを狛村の前に置いた。夕暮れになろうとする、僅かに赤みを帯びた光が部屋を満たし、湯気が赤く染まる。狛村は膝に両手を置き、彫像のように動かない。射場もまた、傍らで影のように佇む。
 どこかで鴉の鳴く声がした。
「……鉄左衛門」
 呼ばれて、射場は顔を上げる。狛村は窓の外を眺めていた。
「拒絶ですらなく、ただ道を違えていたことを知らされただけというのも、なかなか、なあ……」
 狛村はそこで言葉を切ると、口を引き結び遠い目をする。それは東仙と過ごした長い長い時間を見ようとしているのか、ただ遠くただ静かで、射場はそっと目をそらす。
「隊長…………茶ぁ、冷めますけぇ」
 正座の膝に拳を置き、射場もまた窓の外を見た。
「東仙隊長は……二、三発ぶん殴りゃあ、目ぇ覚ますお人ですわ」
「……そうだな。まずは殴らないとならぬな」
 窓の向こうの空に、鴉が一羽、飛んでいた。





03.鳥籠に似た
 血塗れのネムが部屋に運ばれてきたとき、阿近は大きく溜息をついた。面倒、というのではない。またか、という諦めも入り交じった感情ゆえだった。
「……ネムさん」
 ネムの痛覚を切り、怪我の具合を診ながら阿近は無表情の彼女に声をかける。天井をじっと眺めていたネムは、顔を阿近に向けた。
「アンタは特級品ですから、本当は抵抗できるくらいの能力はあるんですよ」
 それに。
 阿近は口の中で呟く。
 製作者に楯突かないようにする自己規制プログラムは組んでいない。
 目の前のネムは、不思議そうに首を傾げる。
「こんな不必要な怪我をしなくてもいい、ということですよ」
 ネムの肩の傷は、刀傷にしては不自然にぐしゃぐしゃになっている。草履の跡もあることから、これは”父親”に踏みにじられたものだろう。いつものこととはいえ、気分の良いものではない。皮を丁寧に剥がし、筋肉繊維を新品に取り替えながら阿近は囁く。
 しかしネムは、微笑むように口角を僅かに引き上げた。
「いいえ。大丈夫です……いつもお手数をおかけして申し訳ありません」
「……そういうことじゃないんですよ」
「私はいいのです。父がそれを私に求めているなら、もう、それで」
 ネムは満足げに見えた。阿近はそれ以上何も言えず、ただ傷の修復に集中する。お互いがそれでいいのなら、他人が何を言えるだろう。手を差しのべてもその手を取らないなら、それ以上なにができるだろうか。





04.記憶の断片
 ようやく見つけた『妹』を見たときに、白哉は脳天を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 爺やの傍らで不安げな面もちでこちらを見上げるその少女に気づかれぬよう、白哉は無表情を装って静かに息を吐く。視線は少女に定まったまま動かすことすらできない。大きな目、艶やかな黒髪、細い体躯。一年前に腕の中から消えた、あの姿に酷似した少女は、暗い室内で身じろぎもせずに白哉を見ていた。
 私と同じ姿をしているはずなのです。
 儚げな彼の人はそう呟くように言うと、白哉の記憶の中で消え入りそうに微笑んだ。
 父と母が申しておりました。私の赤ん坊の頃にそっくりだと。ですからおそらく、私と同じ姿に成長していると思うのです。この姿が唯一、私に残された妹との繋がりなのでございます。
 白哉は小さく頷いた。
 目の前の少女は彼の人に瓜二つだった。
 ただ一つ、異なると感じられたのは眼の力。不安げな色をたたえながらもこちらに向けられる眼には、彼の人にはない力があった。その違いに気づいて、白哉はもう一度、大きく息をつく。ようやく目を伏せて、視線を外した。
「……そなたに話がある」
 目を伏せたまま、白哉は低く呟いた。





05.深すぎる想い
 真っ白な壁に鮮やかすぎるほどの紅い血を大量に流し、飛び散らせ、まるで赤々と咲いた花のような中に動かなくなった藍染隊長の体は、あった。
 乱菊は雛森を押さえつつ、そっとその体を見上げる。ずいぶんと高い位置に放置されていてよくは見えないが、あの髪の色も体格も、どう見ても藍染隊長としか思えなかった。腕の中では雛森の体が震えている。切れそうな霊圧がその小柄な体から迸り、それはただ一人に向けられていた。
 殺意を一身に受けているギンは、風に吹かれているかのように涼しげに笑っている。
 日番谷の命が下され、乱菊は雛森を引きずるように連れて行く。ギンの前を通り過ぎるときに雛森が全てを込めた眼でギンを睨むのを感じ取り、乱菊は目をそらした。
 何が起きているのか。
 何が起きようとしているのか。
 背後から血の臭いが漂ってくる。瀞霊廷がざわめいている。不穏な気配が周囲を支配する。
 その中で一人だけ、ギンは異質なほどに飄々とした気配を発散している。
 乱菊の奥底でざわざわと何かが騒ぎ出す。それはあまりに深いふかい場所で、常に飲み込んで隠してきたもので、乱菊はそれを表に出すことは許されない。ただひっそりと、乱菊は柳眉をひそめた。





06.乾いた瞳
 卯ノ花がそこへ到着したとき、やちるはこちらに背を向けていた。その小さな体の向こうに血塗れの大きな体が横たわり、それを確認して卯ノ花は柳眉をひそめた。
「お待たせしました。草鹿さん」
 声をかけ、やちるの隣に膝をつくと卯ノ花は動かない更木剣八に手を伸ばす。怪我の具合を確認し、細い息がまだあることにほうっと息をついた。肌は土気色だが、生気は失われていない。
「……ご安心下さい。更木隊長は大丈夫ですよ」
 俯いてじっと剣八を見つめて動かないやちるに、卯ノ花は柔らかい声色で話しかける。
「傷が深くて出血は多いのですが、意識を失われているだけですから」
 その言葉にやちるが卯ノ花を振り仰いだ。向けられた眼を見て、卯ノ花はまなじりを上げた。
 その眼は静かに乾き、普段は豊かにあふれる表情はどこにも見られなかった。
「……じゃあ、剣ちゃんは助かるの?」
 いたいけな姿とはうらはらの静かな問いかけ。卯ノ花は頷くと、柔らかな桃色の髪を優しく梳いた。
「大丈夫です。これより治療を開始します」
 卯ノ花は己の斬魄刀を鞘から引き抜くと、小さくその名を呼んだ。





07.その一瞬に
 卯ノ花が出ていき、部屋の中には勇音の治療するかすかな音だけが響いていた。死と血の支配するここで、勇音は必死に生を手繰り寄せる。卯ノ花の術式によるとはいえ二人同時の蘇生は難しく、息を吹き返しても現状は厳しいままだ。雛森と日番谷の顔色は白を通り越して土色で、勇音は睨むような眼差しで二人に治療を続けていた。
 首筋を汗が流れ落ちる。
 気を抜くと頭の中でこれまでの出来事が濁流のように押し寄せ、勇音は歯を食いしばりそれを追いやる。今、必要なことは命を留めることだということを勇音はよく分かっている。
 ふと、日番谷の眼が開かれた。
「……日番谷隊長」
 こちらに向けられるその碧の眼に力を感じ、勇音はつい力が抜けた。
「まだ動かないで下さい。本当にお怪我が」
「雛森は」
 周囲を見るように瞳を動かし、日番谷が硬い声で訊いた。その問いに勇音は口ごもり、無理に微笑みを浮かべる。
「まだ意識は戻りませんが息を吹き返しています。ご安心下さい」
「……俺はいいから、雛森を頼む。俺は、いいから」
 勇音の答えに、日番谷は眉間のしわを緩ませてまた眼を閉じた。その顔はただ本当に安堵したというもので、勇音は無理に浮かべた笑みを歪ませる。
 自分の答えに日番谷はほんの一瞬、笑みのようなものを僅かに口元に浮かべた。その心情を思い、勇音は暗い眼で雛森を見る。もう意識を取り戻してもいいはずの雛森は、まだ眼を固く閉じていた。





08.一筋の紅
 執務室に入ってきた砕蜂を迎え、大前田は気づかれないように息を吐いた。砕蜂の髪も服もずぶ濡れで、雫が滴り落ちている。外は霧雨が音もなく降っている。傘もささずに来たのだろう。それを気にすることなく、砕蜂は感情の無い眼で大前田を見上げていた。
「……風邪ひくっすよ」
 大前田は引き出しからよく乾いた大型の手拭いを取り出すと、それを砕蜂の頭に被せる。軽く押さえて水気を拭うと、砕蜂は抗うことなく大前田に身を任せている。大前田は音のでないように舌打ちをした。こういうときの砕蜂を大前田はよく知っている。
「風呂の準備をしてきますから、ちゃんと拭いてるんすよ。いいっすね」
 そう言って大前田が部屋を出ていこうとすると、はじめて砕蜂が彼を呼んだ。
 振り返ると、砕蜂が顔を上げていた。その唇から一筋、赤いものが滴っていることに気づいて、大前田は今度は隠すことなく溜息をつく。面倒くせえと呟いて近づくと、拭った雨に濡れた手拭いの隅を手にとってその紅い血を拭った。白い手拭いが朱に染まる。
 噛み切ったのだろう、その唇の傷を大前田に押さえられ、話しにくそうに砕蜂が呟く。
「大前田」
「へえ」
「裏切ったら、私は貴様を殺すぞ」
「了解してるっすよ。それに」
 唇の傷とそれを押さえる自分の太い指だけを見ながら大前田は、常に繰り返される言葉に答える。
「俺も、他の隊員も、決して隊長を裏切りませんよ」
「……そうか」
 あちらの職務で何があったのかを問いはしない。何を感じたのかを訊いたりはしない。毎回繰り返されるその言葉に、ただ大前田は同じ事を答え続ける。





09.傷つけばいい
 薄闇の中、ギンは音を立てないようにそっと床から這い出た。むしろを重ねただけの、寝床とは呼べないような粗末なものだがそれでも何もないよりずっと暖かい。隣で寝息をたてている乱菊の様子を窺い、ギンは自分が使っていたそれらをそっと乱菊の上に被せる。
 乱菊が小さく身じろぎした。ひょいと顔の傍に置かれた小さな、けれど指の長い白い手が酷く寒そうに見え、ギンは乱菊の顔が半分隠れるくらいまでむしろを引き上げる。そしてしばらくの間、甘く閉じられた長い睫毛を眺めていた。
 乱菊は微かな寝息を規則的にたて、深く眠っている。
 その横でギンは動かずに、両膝と両手をついて乱菊を見下ろしている。体の奥底から沸き上がる何かを感じながら、それを押し殺すように息を詰めている。
 いつか、手折るかもしれないと思う。
 ならばいっそのこと、今、手を伸ばしてしまえばいいと思う。傷ついて、消えない傷を抱えて、忘れることすら出来ないようになってしまえばいいと思う。
 そうすれば。ギンは固められたように微動だにせず乱菊を見つめる。そうすれば、自分は乱菊を手折ることなく、離れられるのではないだろうか。
 ふいに、乱菊が寝返りをうった。
 何か夢でもみているのか、乱菊は口元を緩めて何か呟き、また寝息をたて始める。
「……よう、寝とるなあ」
 呪縛から解かれたように微笑むと、ギンは大きく息をついた。
 そして音もなく立ち上がり、土間で草履を履くとそっと引き戸を開けた。





10.例えばそんな結末
 朝、共に目覚め、昼はそれぞれの役割をこなし、夜、共に眠る。
 春は息吹く生命を喜び、夏は水の冷たさに潤い、秋は実りに感謝し、冬は互いのぬくもりに安らぐ。
 そうして日々は過ぎて年月は流れ、その間を共に過ごしそして共に老いてそして消えていく。共に消えるのもいい。残す方が別れを告げ、残された方は静かに思い出に浸りながら朽ちていくのでもいい。ただ次もまた、できれば巡り会えればと言葉に出さずとも互いに想っていればそれでよかった。現世でもいい。尸魂界でもいい。次もまたひとりとひとりが出会い、ふたりになりたいと。ふたりでいられたらと、ただそれを願う。

 そんな、ぼんやりとした、形にすらならないおぼろげな思いを抱いていたように感じるのも、もうそれが遠いとおいことだからだ。
 あり得ない、それはもう手に入れられないと理解している、ふたりの結末。



 ひび割れていく空間をどこか遠い目で見やり、乱菊は懐かしいことを思い出していた。
 手をかざすそこからひび割れていく空間を眺め、ギンは今も自分の中にあるものに思いを馳せた。
 裂け目から互いの姿が見える。どうしようもなく別の位置に立つ相手を見て、同時に笑みを浮かべた。懐かしく、慕わしく、遠く遠く感じるその人。
 異質な空間を背に立つ男を乱菊は見つめていた。
 青い青い空を背に立つ女をギンは見つめていた。
 そして同時に、刀の柄に手をかけた。


 ひとりと、ひとりが出会ったけれど。
 ふたりにはならないまま。ひとりとひとりのままだったのか。
 互いにずっと、ひとりのままだったのか。
 判らないまま。全く何も判らないまま。







 はい。『哀』なのでどことなく哀しい感じで書きつづりました。10は絶対に最後に書こうと決めていましたが、内容を具体的に考えたのは前日です。書き出しを考えたのは書く直前です。でも、十題の最後としてはまあそれらしくなったと思います。
 十日間(というにはあまりに長い期間)、一日一題を二十分以内で書く、としてきましたが、自分としてはとても良い経験になりました。おつきあい頂き、ありがとうございました。


  G*R menu novel short story consideration
Life is but an empty dream