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雰囲気的な5つの詞(ことば):幸
01.君が笑うから 02.今はただどうしようもなく 03.どうかお幸せに 04.それは安らぎにもにた 05.しあわせのあとさき
拍手御礼文050906-0926 配布元 Title--Melancholy rainy day
『君が笑うから』
ギンはふて腐れていた。 長雨は止まない、食料はずっと干した芋ばかり、家の中でじっとしていることには飽きてくる。雨が降って良いことといえば水が得られることくらいだが、すでに水瓶は満杯で、もうそろそろ止んでくれてもいいのではないかとギンは恨めしげに水を零し続ける厚い雲を戸口から見上げる。 「そんなに眺めても雨は上がらないわよ」 後ろで乱菊が声を掛けてきた。乱菊はここ数日、繕い物に籠編みにと家の中でできる様々なことを片っ端からこなしている。そろそろすることもなくなるだろうとギンが様子を見ていたら、昨日から何やら細めの蔓で編んでいる。どうしたらそんなに暇をつぶせるのかと不思議だが、何をするでもなくギンは乱菊の横に転がってそれを眺める。 「もう雨に飽いたわ」 ギンが呟くと、乱菊は手を動かしたまま笑う。 「仕方ないわ。お天道様の御機嫌でしょ」 「何機嫌悪うしとるんやろ。うっとし」 「あんたって、一カ所にじっとしているの苦手だよね、ホント」 乱菊は干してあった細い草の茎を少しだけ手に取り束にして、それを蔓の編み目に編み込んでいる。細い指が丁寧にそれらを押し込んでいき、隙間を埋めるようにしている。 俯せになって顔だけ横に向け、ギンはそれをぼんやりと見ていた。 「乱菊、片付け苦手やのにそういうの上手いなあ」 「片づけはあんたがしてくれるから、いいのよ別に」 「荷物まとめるんも、下手やのに」 「それもあんたにまかせてるから、それでいいのよ」 指できゅっきゅと音を立てて隙間を埋めている。寄せるようにしては詰めて、その間に更に茎を詰めていく。ときどき手を止めて出来を確かめるように見回していたが、ようやく顔を上げた。 「こんなもんかな」 「何作ったん、結局」 乱菊がギンに完成作を渡した。高さのない円錐形のそれは、蔓と茎で隙間なく編まれている。 「ちゃんと笠になってるでしょ。これで出かけてきたら」 ギンはそれを上に掲げる。少しばかり重いが、雨は入り込みそうにないくらいにぎちぎちに編まれていた。 「どう? これなら外に行けるでしょ」 裏表をくるくる廻して笠を見ているギンに、そう言って乱菊は微笑んだ。その笑みを見て、ギンは口元が緩むのを感じる。 「……何か美味しいもんでも採ってくるわ」 「楽しみにしてるわね」 微笑んでいる乱菊の頬を軽く摘むと、ギンはへらりと笑った。
『今はただどうしようもなく』
ギンと死神になることを決めた日の夜から数日間かけて、乱菊は少ない荷物をまとめていた。この地区は中央から最も遠い。途中で食料も何も必要な物は手に入れることになるだろうが、それでも保存食や衣類は持っていかなければならなかった。ギンがいない間、繕ってきれいに畳んでおいた着物を手に取る。きちんととっておいて良かったと、乱菊はこれが使われることを素直に喜んだ。 乱菊の後ろでは、ギンが保存食を一つ一つ薄い布に包んでいた。それらを小分けにして、小さな袋に入れていく。それを二つの袋に分けて入れるため、ギンは乱菊が着物を入れた袋を手に取り、そして微笑を浮かべた。 「乱菊」 「何」 「相変わらず荷物作るん下手やなあ」 乱菊の片眉がぴくりと上がる。その表情を見ることもなく、ギンは袋を覗き込んで中の物を取り出して入れ替え始めた。 「どうしてこう入れるんやろ。こんなやったら全然入らないやないの。しかも皺だらけになるわ。あーあ。こう丸めてな、もうちょいきちきちに詰めてな、こうせんと」 「どーうも申し訳ございませんね進歩がなくて」 低い声に、ギンは顔を上げた。乱菊は背を向けたままだ。 「……怒ったん?」 「いいえ別に何でもないわよ」 「怒っとるやん」 「怒ってないわよ」 両膝と両手でギンは乱菊に寄っていく。乱菊は顔を背けた。それを気にすることなく、ギンは背後から横に廻り、覗き込む。 「らーんぎく」 「…………」 「らーんぎーくちゃん」 ギンがまとわりつくように体を寄せてくるので、乱菊はつい振り向いた。そしてふっと吹き出す。ギンは両手を床につけたまま、顔を乱菊の右腕に寄せて見上げていた。 「あ、笑うた」 そう言って見上げてくるギンの顔もまた、笑みを浮かべている。乱菊は右手を軽く上に向けて、ギンの顎をかりかりと掻いた。 「あんた、まるで猫みたいよ」 「猫やねん」 ギンがごろりと乱菊の膝に頭を乗せて、上を向く。乱菊は額にかかっている銀髪に指を絡ませた。柔らかい癖のない髪が、さらさらと指の間をすり抜ける。 乱菊は微笑んだ。 「調子に乗ってるんじゃないわよ?」 「せやかてボク、猫やし」 「猫なら鳴いてごらんなさいよ」 ギンもまた手を伸ばし、乱菊の肩の上で揺れている山吹色の髪を指に絡ませた。それをくるくると指に巻き付けながら、一言、 「にゃあ」 と言う。 「ばかねえ、あんたって」 込み上げてくる何か柔らかい暖かいものに乱菊はどうしようもなくなって、笑いながら抱え込むようにギンの頭を抱きしめた。その体を、ギンが下から腕を伸ばして抱きしめる。
『どうかお幸せに』
下の方から笑い声が聞こえてきた。 屋根の上に上がって書類を確認していたギンは、屋根の端から下を覗き見た。街路樹の緑の隙間から、金色に輝く髪が見える。 乱菊が、他の副隊長達と歩いていた。隣にいる小さい黒髪は雛森のようで、他に伊勢や虎徹勇音の姿があった。ギンは気配を消したまま、ふっと眼を細めて笑う。飛ばないように書類を懐にしまい込み、ギンは片手を屋根瓦についてじっとその姿を眺めていた。
「今度みんなで行きませんか」 雛森が跳ねるような声で言った。 「ほら、月末に副隊長会議があるじゃないですか。その後にでも」 「そうですね。終了後に仕事に戻ることがなければ」 伊勢が眼鏡の位置を片手でなおしながら答える。 「あ、あの、妹も誘っていいでしょうか」 勇音は高い背を曲げて、両手で抱えた書類で顔を隠すようにして言った。 「当たり前じゃないの。清音も喜ぶでしょ。会議が終わったら呼び出せばいいんだもの」 乱菊が勇音を見上げるようにして笑う。勇音がほっとしたように笑みを浮かべた。つられたように全員が笑う。 「楽しみですね。あのお店、現世でとても有名だった職人さんがいるそうなんですよ。スイーツで賞もとったことがあるとか」 「よく人の大勢いる流魂街からそのような技術のある人を捜し出せましたね」 「あの、なんか、南一地区でお菓子を作っていたそうですよ」 「ああなるほど」 「楽しみねえ。洋菓子を出す店はまだまだ少ないから、すごく楽しみ」 乱菊が溶けるような声で呟くように言う。 「しあわせって、味がするなら絶対に甘い味でしょうね。食べているとき、ホントにそう思う」
お酒を飲んでいるときも同じように言うのに乱菊さんったら、と浮き立つような笑い声が沸き上がる。それを聞きながら、ギンは込み上げてくる微笑みを隠すことなく浮かべていた。もう遠いとおい昔、果物を食べて笑う乱菊の顔を思い出す。あの頃、甘いものなど果物くらいしかなかった。果物ですら、手に入れるのに苦労した。 もう少し。 もう少ししたら、しばらくは色々と混乱するだろうけど。 ギンは柔らかい眼差しを遠ざかる山吹色に向ける。 混乱が終われば、また、今とは異なるけれどきっと幸せな日々になるから。 どうか、どうか君は。君だけは。 たとえそれを君は喜ばないだろうけれど、それでも君だけでいいから。
「ボクは見ることないやろけどなあ」 微笑みを浮かべたまま、ギンは小さく呟いた。
『それは安らぎにもにた』
「おや十番隊隊長さんやないの」 「おやも何もねえだろう。ここは十番隊の執務室だ」 風と共に窓から入ってきたギンに鋭い一瞥を向け、日番谷は眉間の更に寄せる。一般の死神なら萎縮するであろう不機嫌そうなその視線にたじろぐこともなく、ギンは窓枠を乗り越えると、片手に風呂敷包みを持ったまま室内を平然と彷徨きまわる。その様子を見て、これ以上はないくらいに日番谷の眉間に皺がよった。 「何の用だ。俺はお前と違って暇じゃねえ」 「ひどい言い草やねえ。ボクかて暇なわけやないで」 「暇じゃない奴がどうして窓から入ってくるんだ」 「そら偏見というやつですわなあ。隊長ともあろうお人が」 「隊長ともあろうお人がどうして窓から入ってきやがりなさるんだ」 腕組みをして椅子の上からギンを睨み付ける日番谷に、ギンはへらりと笑った。そして風呂敷包みを机に置く。 「この間、ウチの管轄で十番隊の隊員さんに助けてもろうた、そのお礼や。お世話なりましたなあ。その隊員さんにもよろしゅう伝えてもらえるやろか」 「おう」 ギンは更に懐に手を入れると、和紙の包みを取り出した。 「こっちはボクから個人的に十番隊隊長さんへ贈り物や」 「……なんだよ」 怪訝そうな顔をして日番谷がそれを受け取る。それは軽く、振るとかさかさと乾いた音がした。 「特別ええ品なんやけど、隊長さんに差し上げますわ」 「だから何だ」 「……隠した方がええんやないですか」 ギンが言うと同時に、扉が開いた。 驚いたふうもなく、乱菊が入ってきて、ギンに対して一礼する。 「いらっしゃいませ、市丸隊長。席を外しておりまして失礼致しました」 「お元気そうやね、十番隊副隊長さん」 ひらひら手を振るギンに、乱菊は完璧に微笑んだ。 「すぐにお茶を」 「ええなあ。ならもう少しここに」 「出さなくていい。こいつはもう帰る」 ソファに座ったギンに鋭い視線を向けつつ、日番谷が言った。そして立ち上がるとギンにより、顔を寄せると小声で低く囁く。 「てめえ、これは何だ」 手には先程の和紙が握られていた。 「あーあ、潰したらあかんて。ホンマええ品やのに」 「どうして、俺に、煮干しを渡すんだ」 日番谷のこめかみに血管が浮いている。ギンは細い眼を更に細めて楽しげに言った。 「早う雛森ちゃんのつむじ見たいやろ思いましてなあ」 「見たことくらいあるぞてめえこのやろう」 途中からとはいえ状況を理解し、乱菊は軽い溜息をついて微笑んだ。日番谷の肩越しに、ギンが乱菊を見てへらりと笑う。乱菊は笑みを返すと、茶を煎れるために給湯室へ出ていった。
『しあわせのあとさき』
双極の丘には風がただ吹いていた。
ほとんど完全な円をした月が天頂にかかろうとしていた。乱菊は一人で立ちつくし、空を見上げている。山吹色の髪が風に揺れ、髪に反射した月の光が零れ落ちるように輝く。鴉色の装束がはためき、唐紅のたすきが風に乗って生き物のように揺れた。乱菊は身動ぎもしない。ただ空を見上げていた。 風の音だけが耳に響いた。
あの日が世界の始まりだとするならば。 乱菊は自分に言い聞かせる。 それはまだ終わっていない。何一つ終わってなどいない。 別れの言葉も、謝罪の微笑みも。 まだ世界を終わらせてはいないのだから。
あの日ひび割れた空は何もなかったかのようにただ深く暗く。 乱菊はただ見上げていた。あの日与えられた自分の世界の終わりを覚悟して、それでも何一つ諦めずに、ただ空を見上げていた。
九月なので、二人の誕生祝いとしてギン乱のみでした。幼い頃から、ギンが空に消えた後のことまでありますが、最後のものは私の中で象徴的な姿です。 追加:二番目の話は、長編の二番目と繋がっています。ギンが乱菊のもとに戻り、そして彼女を連れて出ていくところです。
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