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その先の5題02

後少し ギン
のばした先 十一番隊
跳ね返る 日+雛+浮+市
君の本当 四番隊(勇+荻)
ちいさな穴 ギン


拍手御礼文050808-0831 配布元キョウダイ




『後少し』

 その日はとても暑くて、水分を多く含んだ空気が重く漂っていた。青い空は雲一つ浮かべずにただそこにあり、もう天頂を降りつつあるというのに、太陽の白い光が分け隔てなく射殺そうとしているかのように鋭く降り注がれている。
 ギンは屋根の上で昼寝をすることも出来ず、三番隊隊舎裏にある中庭の木陰で幹にもたれて空を眺めていた。繁る葉の隙間から覗く空はただ青く、それがいつかの空を思い出させるようで、いつの空なのか分からなかった。ただギンは眺めている。そして、遠くから聞こえる声とわずかな霊圧に気づいて、全身を澄ませた。
「……ら、吉良、あたしも手伝おうか。他にまだ仕事あるんでしょ」
「ああでも松本さん。この間、日番谷隊長が怒っていませんでしたっけ」
「大丈夫よ。隊長ったら、いっつも仕事しろって怒るけど、あたし、その日の仕事は終わらせているんだから」
「…………時間が余ったら残りの仕事をしないんですか」
「明日の仕事は明日にするものよ」
 乱菊の悪びれない物言いに、ギンは口元に笑みを浮かべた。おそらく乱菊は片手を腰にあてて、あの艶やかな笑みを豪快に浮かべて吉良に向かって笑っているのだろう。そして襷を締め直して言うのだ。
「ほら、どうせウチとの共同作業なんだから気にしない。さっさと準備」
「はいっ」
 ギンは細い目を閉じた。乱菊のはっきりとして、けれど柔らかい声がギンの体を常に支配する緊張を緩める。こうしているだけで安らかになれる。ただこれだけ、これだけでいい。
 もう少しだけ、こうしていられれば。
 あと少しだけ、こうしていられれば。
 戻れない道を進んでいることを知りながら、願いにもならない呟きをギンは胸の中にだけ響かせる。






『のばした先』

「どうした、弓親。食わねえなら俺にくれ」
「誰が食べないって言ったよ。好きな物は最後に味わうだけさ」
 小鉢を一角の箸から守るように引き寄せて、弓親は目の前の友人を睨む。一角は悪びれもせずに魚の切り身をつついている。一角の定食は鯖味噌煮定食で、それには弓親が頼んだ海鮮丼に付いている白玉あんみつ(小)は含まれていない。十一番隊に最も近いこの食堂では、丼にのみデザートが付いていた。
「お前なあ、最初に食っておかねえと何が起こるか分からねえぞ」
「少なくとも君に盗られるような間抜けではないつもりだよ」
「油断していいのか、てめえ」
 弓親は苦笑とでもいうような笑みを浮かべて頭を振った。一角と弓親は学院以来の仲だ。手を伸ばした先には常にお互いの姿があり、背中を預けるのもお互いだけだ。油断も何も、一角の行動パターンは知り尽くしている。
「だいたい僕はデザートを食前食中に食べるような慌てた真似はしないよ。美しくない」
「……慌てた方がいいと思うぜ、俺」
 一角の言葉が終わるか終わらないかの時に、弓親の脇から小さな手が伸びて白玉あんみつ(小)の小鉢を取った。
「食べないなら貰っていい?」
 咄嗟に防御の態勢を取りつつ弓親が振り向いて下を見ると、完全に気配も霊圧も消した副隊長が小首を傾げて笑っていた。完全に気づかなかった。己の未熟さに溜息をつき、弓親は額に手を当てる。
「……どうぞ、副隊長。お食べ下さい」
 弓親の言葉に破顔一笑し、やちるは弓親が引いた隣の椅子に飛び乗った。一角が立ち上がり、お茶を取ってくる。
「お茶ですよ、副隊長」
「ありがと、裸電球」
「……呼び名を変えてきたって失礼さは変わらねえぞこのドチビ」
「じゃあ、つるりん」
「てめえいい加減に頭ネタから離れろや」
 漫才のようなやりとりを無関係を装って眺めていた弓親だったが、ふと周囲を見渡し、霊圧に耳を澄ませた。
「副隊長、隊長はどうされたんですか」
 白玉あんみつを豪快に流し込もうとしていたやちるが、傾ける小鉢を離して口を開いた。
「今、卯の花さんが来てるから先に行って食ってろって」
「……この間、隊員が四番隊の隊舎の壁、壊した件か」
「そうだろうね……」
 午後の鍛錬は相当荒れたものになるだろうと想像ができ、二人は頭を押さえた。沈痛な面もちの部下を気にせずに、やちるは小鉢からあんみつを流し込んで食べている。






『跳ね返る』

 日番谷冬獅郎はその日二十二回目の溜息をついた。

「やあ日番谷、久しぶりだね、お菓子があるよ」

 珍しく外を歩いていた浮竹に会ったことはまだいい。その可愛がりっぷりが気に食わないが病人を邪険に扱うことを日番谷は良しとしない。だがしかし、見るからに嬉しそうに懐紙に包まれたものを取り出す浮竹から、(眉間の皺を当社比三割増で深くしていたものの)おとなしく菓子を受け取っていたところに、三番隊隊長市丸ギンが現れたことは偶然とは思えない。

「おや十番隊隊長さん、前にボクが言うた通りやないですか。ええ子にしてはるとええコトありますやろ」
「うるせえぞ市丸とっとと失せろ」
「やあ市丸、久しぶりだね」
「十三番隊隊長さん、今日はお加減よろしゅう」
「ああ今日は調子が良くてね、自分で薬を取りにきたんだけど」
「俺を無視して会話を続けるんじゃねえよっていうか市丸さっさと失せろうぜえ」
「会話が高うて大変ですやろ。聞こえはりますか、十番隊隊長さん」
「ああ日番谷、すまないね、屈もうか」
「てめえら二人して喧嘩売ってるのか」
「十番隊隊長さん、いつも大変ですやろ。副隊長さんも背ぇ高いお人ですもんなあ」
「でも松本は背が高いのが似合っているよな」
「別嬪さんですからなあ」
「現世に行ったら、モデルって言うんだっけ、そんな仕事できるだろうね」
「ああできますやろ。ボク、イヅルに文句何もないですけど、ああいう別嬪さんが副官でもええですな」
「その助平な言い方止めろ」
「俺も現状に何の文句もないけど、ちょっと羨ましいね」
「羨ましがるな、だからおっさんって呼ばれるんだ」
「全体的に野郎の比率が高いですやろ。傍に別嬪さんいるのは幸運ですわ」
「そうだよなあ。野郎だらけだよ本当に。日番谷、幸せに思わなきゃだめだぞ」
「そうですわ、十番隊隊長さん」
「本当だよ、日番谷」

 このとき、鬱陶しかったのは確かで、早く立ち去りたかったのも確かだ。けれど。日番谷は頭を抱える。どうして口走ってしまったのだろう。

「ああそうだろうそうだとも羨め妬め。副隊長は美人に限るさ美人じゃないと許されねえよってこれでいいんだろこれで……」

 どうして雛森の霊圧に気づかなかったんだろう。

「…………酷い、シロちゃん酷い! どうせあたしは美人って言われたことないもの!」
「ど、どうしてここにいるんだよ雛森!」
「一番隊からの帰りなんだからここを通るに決まってるでしょ。ごめんなさいねこんな人が副官の仕事していて。シロちゃんはそりゃ、松本さんだもんね美人だもんね大人の女だもんね良かったよね。あたしが副官じゃなくてホントに良かったよね。許されないんだもんね、美人じゃないと。ごめんなさいね、許されないのに副官していて」
「ひ、ひな」
「でも藍染隊長はそんなこと仰らないもの。ええあたし、絶対に絶対にシロちゃんの部下にはならないから安心して。それではお邪魔致しました浮竹隊長、市丸隊長」

 どうして市丸の企みに気づかなかったんだろう。
 どうして浮竹がノリやすいことを忘れていたんだろう。

「あらら、追いかけんとええんですか、十番隊隊長さん」
「雛森は可愛いと思うけどな。言ってないのかい、日番谷」
「謝らんとあきませんよ。ちゃんと謝れたらご褒美あげますわ」
「そうそう、謝って、ちゃんと雛森は可愛いと言わないといけないな。ほら、早く行かないと」

 誰のせいだ誰のせいだ誰のせいでこうなったんだ。
 そうは思うけれど、こうなったのは自分の放った言葉のせいで、それがただ跳ね返ってきただけで。
 隊舎に戻ってから、日番谷は執務室をぐるぐると回り続けている。そして今、二十三回目の溜息をついた。






『君の本当』

「眠れないんですか」
 勇音が振り向くと、そこには夜勤帰りらしい荻堂の姿があった。持ち帰りの仕事なのか、手には書類の束を持っている。月明かりに照らされて、白い石畳の道に落ちた闇の塊のように荻堂がいた。
「副隊長は、今夜は当直ではありませんよね」
「はい、ただちょっと」
 寝間着から着替えていたとはいえ気恥ずかしく、勇音は言葉を誤魔化すように口の中で呟く。ただでさえ、怖い夢を見たから妹のところへ避難しようとしていた途中だった。そんなこと、部下に言えたモノじゃない。
 高い背を縮こまらせて俯く勇音を観察するように荻堂は眺め、つぅと目を細めた。そして、近づくと勇音の肩と腰にそれぞれ手を当てる。
「まずは姿勢を正しましょうね、副隊長」
「ひ」
 意外と大きな手でぐいと押され、勇音は飛び跳ねるように背筋を伸ばした。それを無表情で眺め、荻堂は頷く。
「さて、どこかへ行かれるのでしたらお送りしますし、ただの散歩をなさっているのでしたら、お付き合い致しましょう」
 荻堂の申し出に勇音は目を丸くした。
「え、でもだって、荻堂八席は交代して帰る途中なのではないですか」
「そうですが。女性が夜道を一人で歩くものでもないですし。何よりお一人で眉を八の字にして歩いておられるのを見て、放っておくのは人としてどうかという自問自答の結果ですのでお気づかいなく」
 勇音は肩を落とした。先程の夢があまりにも酷く怖ろしく、確かに勇音は物陰やら物音にびくびくして歩いていた。副隊長ともあろうものがと、自分でも思うのだが、それとこれとは全く別のことだった。
「申し訳ありません。副隊長がこんなのでは」
「謝る必要がどこにありますか。昼間の頼もしい副隊長も、夜の……夢遊病かと言わんばかりにふらふら出歩く副隊長も、引っくるめて副隊長ですよ」
 勇音の言葉をうち切って、荻堂ははっきりと、けれど淡々とした口調で言った。そして普段通りの飄々とした眼を勇音に向ける。ふざけているのか真面目なのか掴みにくい言動と、感情を読みとりにくい飄々とした眼。
「……荻堂八席って、不思議ですね。どの姿が本当の姿なのか、分からなくなります」
「全部ひっくるめてどれも本当ですよ。全て同一人物から映しだされている姿なんですから。副隊長も、そうでしょう?」
 可愛らしく小首を傾げてもその表情の浮かばない綺麗な顔では不気味なだけで、勇音は思わず笑ってしまった。そして笑って細くなった視界にどことなく柔らかい顔をした荻堂が映り、勇音は悪夢の気配が薄らいだのを感じた。
「……すいませんが、それでは隊舎の控え室でお茶を一緒にして下さい」
「了解しました。それでは熱い焙じ茶でも」
 隊舎に足を向けて歩き出すと普段は一歩後ろを歩く荻堂が横に並び、石畳に長い影が並んだ。その気遣いに、勇音は背筋を伸ばして微笑む。






『ちいさな穴』

 穿たれたのは、気づかないくらいの小さな穴。

 最初は本当に気づかなかった。その穴のことも、その穴から射し込む光にも、気づきもしなかったし、そもそも光がなかったから真っ暗だったことにも気づかなかった。
 けれどふと見渡すと真っ暗な中に一筋の細い細い光が射し込んでいて、それは小さな小さな、君が穿った穴からぴんと張られた糸のような細さで射し込んでいた。
 それはとても細く頼りなかったのだけれど、その光が真っ暗な中を照らして、そしてそこはぼんやりと、仄暗い透明な場所になった。光から離れれば離れるほど闇は濃く深くなったけれど、光の周囲は微かに明るく、光の糸を眺めようとするくらいに離れると仄暗い。そのあたりが心地よくて、それ以上闇の中へは沈まなくなった。

 時折、暗闇だったことに気づいてしまったそのことを哀しく感じて、穴も光も恨んだりした。気づきたくはなかったのに、光が射し込んだせいで闇に気づいた。深い深い闇の中に蠢く自分に気づいた。緋色に染まっていた自分に気づいた。
 それでも。
 その細い光は確かな存在感で闇を照らし、冷えていた空間を暖めた。

 穿たれた小さな穴。
 射し込まれる山吹色の暖かな光。
 それだけでボクは生きていける。闇に沈むことなく、光の射し込む方を見ていられる。たとえ光を求めて彷徨っているだけだとしても、仄暗い透明な場所で光の糸に手を伸ばして、ボクは生きていけるだろう。









 最後のギンの話は、話というより独白です。あとはそれぞれの死神を書きたくて楽しく書きました。この五つは結構気に入っています。

  G*R menu novel short story consideration
Life is but an empty dream