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その先の5題01
瞼の裏 剣やち 目線の先 六番隊 壁の向こう 日 笑みの真意 三番隊 嘘の約束 ギン乱
拍手御礼文050726-0808 配布元キョウダイ
『瞼の裏』
眼を閉じれば鮮やかに甦るあの光景。 あの空の青さもその高さも、雲の白さもその数も、葉裏の緑の深さもその葉擦れの音も、地面の湿り具合もその匂いも、全てが今も鮮やかなまま。
あなたがくれた名前によって、あたしは形を与えられた。 あなたがくれた名前によって、あたしは世界を与えられた。 あの日、あたしは「あたし」になった。
「剣ちゃん」 桃色の髪が剣八の肩の上で揺れる。鈴の音が軽やかに鳴る。やちるはいつものように肩の上で青く晴れ渡った空を仰ぎ、そして剣八の頭に頬を寄せた。 「いい天気だね」 「そうだな」 「あの日の空みたいだね」 「そうだな」 やちるが再び空を見上げる。剣八もつられるように空を仰ぎ、そして眼を閉じた。
『目線の先』
「何だ」 目の前を歩いていた白哉が振り返り、恋次は一瞬だけ慌てた。 「どうした。私に用事があるのではないのか」 「いえ……何でもありません」 感情の読みとれない冷たい視線を受け、恋次は軽く頭を下げる。用事があったわけではなかった……いや、今はまだ用事を手に入れられない。 現世で行方不明になっている幼なじみの姿が浮かび、恋次の目が細められた。 頭を上げると、すでにこちらに興味をなくしたのか、白哉は先を歩いている。恋次は再び歩を進め、目の前の男の背中を睨むわけでもなくただ見やる。ただ、見ている。
いつか。 いつかいつかいつか。 自分はここまで来た。やっとここまで辿り着いた。この昇進を知らぬ幼なじみは、この腕章を持つ姿を見て、どう思うだろう。何を言うだろう。どんな顔をするだろう。 ここまで来た。そして、いつか。 お前を。
恋次の目線の先には、まだ手も届かない背中があった。
『壁の向こう』
まだ背も追いつかないまま、まだ手の大きさも敵わないまま、彼女は白い制服を着て、壁の向こうへ行ってしまった。 日番谷は、高い高い壁を見上げる。 別に、この場所での暮らしに不満はなかった。自分を拾い、育てた老婆と、姉のように接してくる少女との穏やかで緩やかな日々。食べ物にも飲み水にも困らない。酷い出来事は年に一度あるかないか。春は桜。夏は花火。秋は紅葉。冬は雪。質素でも、そこには豊かな日々があった。 けれどそれは、隣に彼女がいてこその日々。
壁の向こうに何があるのか。 何があるから、彼女は向こうに行ったのか。
「婆さん、俺、受験しようと思う……いいか?」 日番谷の言葉に、老婆は頷いて、微笑んだ。
老婆がその微笑みのまま眠るように静かに息を引き取ったのは、日番谷が真央霊術院に合格した次の日の、寒さも和らいできた朝だった。
『笑みの真意』
「三番隊副隊長に任命されました吉良イヅルです。どうぞよろしくお願い致します」 吉良は緊張でひっくり返りそうになる声を押さえて、直立不動で着任の挨拶を述べると、九十度に腰を曲げて敬礼をした。よく磨かれて黒光りしている木の床と顔を合わせていると、頭の上でくつくつと笑う声がする。 「顔を上げ。こちらこそよろしゅうな」 柔らかい物言いで、市丸が言う。顔を上げると、朝の柔らかい光を背にして、輪郭のぼやけた市丸が目の前にいる。 あの日。 集団の虚に囲まれて、恐怖に動けなくなっていた自分達を、鮮やかに助け出したあの背中。微笑みながら、舞うような身のこなしで虚の体を切り裂いていったあの力。 吉良は、ここまで来た喜びに、喉の奥をくっと鳴らす。そんな吉良を、市丸は常に浮かべている笑みを絶やすことなく眺めていた。 「まあボク元五番隊やし、勝手はわかるやろ」 「はい。市丸隊長と一緒に働くことができて、本当に光栄です」 市丸は、ふっと表情を消した。 「本当に、本当に……光栄なんです」 吉良の、しみじみと呟くような言葉に、市丸はまた笑みを浮かべた。しかしその笑みは常に口元にあるものではなく、吉良は、見たこともない市丸の柔らかい、しかし幽かに皮肉めいたその笑みを驚きを持って見ていた。普段から全く感情の読めない上司の、更に読めない笑みだった。
『嘘の約束』
「あら、市丸隊長……虚討伐、お疲れ様でした。ご無事で何よりです」 急に現れたギンの気配に驚くこともなく、振り返った乱菊は血の染み一つない白い羽織姿に一礼した。頭を下げたときに、静かに息を付く。隊長クラスが出向かねばならない討伐に、さすがに乱菊は心配していた。 顔を上げると、ギンは普段通りの、口元だけの笑みを浮かべている。乱菊はその奥の表情を読むことを諦めた。人通りのある廊下だ。ギンはきっと、この笑みを崩すことはしない。 「十番隊副隊長さんはどちらへ行きはるんや」 「一番隊への報告を終えて隊舎に戻るところです」 「ほな、これ、隊長さんへ持っていってくれはる?」 手渡された書類に目を通し、乱菊はギンを振り仰いだ。 「虚討伐の報告書ですね。なぜこれを市丸隊長が? 吉良はどうしたんですか」 ギンが面白そうに口の中で笑った。 「イヅル、ちょう怪我してもうて四番隊におるんよ。そやさかい、ボクが報告書作ったんやけどね。イヅル、えらい落ち込むわ謝るわやったのに、雛森ちゃんが見舞いに来たら途端に浮かれて、ボクが働いとることすっかり忘れとったわ」 「あらまあ、それならこちらが心配することないですね。軽傷ですか」 「軽いもんやけど、まあ顔見てやってくれはる? 面白いで」 「分かりました。後でお見舞いに参りましょう」 おかしそうに笑っているギンに、乱菊は微笑んでそう言った。そして一礼して通り過ぎようとするその時に、ギンの、聞き逃しそうな声が乱菊に呟いた。 「ボク、怪我一つしとらんよ」 「……ええ。分かってる」 遠い昔に約束したもの。 怪我も、病気も、危険なことも、死ぬことも、全てしないで。 ふっと背中の気配が消えて、乱菊は振り返ることなく隊舎へ向かった。 この約束はどこまで本当なのだろう。ギンはどこまで守るつもりでいるのだろう。乱菊は、目を伏せる。
これも時間も場所も人もばらばらの小話です。それぞれ、一度は書いてみたかった人達です。少し変更していますが、内容には変わりありません。 追加:こちらの最後の話の「約束」とは、長編三番目の話のラストの会話に出てくるものです。まだ書いてもない話のことを書くのも微妙ですが、このように、ギン乱は長編が基本になっています。
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