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万  それでもまだ日々は鮮やかで

 一月ぶりくらいに帰った途端、駆け寄ってきた乱菊に、ギンは頭を拳で殴られた。
「ぐ」
「何よ」
「ぐーで殴りよったなぐーで。痛ぁ」
「顔を殴らなかっただけマシでしょ!」
 潤んだ眼で睨み、乱菊は腰に手を当てて言う。そして無言になったと思うと、両手を伸ばしてギンの首に抱きついてきた。
「おかえり、ギン」
「……ただいまあ、乱菊」
 腕を軽々とまわせる細い体を抱きしめて、ギンはしみじみと囁いた。乱菊の首筋に顔を埋めると、良い香りがする。ぞろりとギンの中で何かが蠢くより前に、ギンの張りつめていた神経が緩んだ。
「おみやげあるで、乱菊。きれいな着物持ってきたんや。もう、ほつれてきとるやろ、それ」
 耳元で囁くと、乱菊が頬をすり寄せるようにしてきた。
「それを探しに行ってきたの」
「……そんなとこやぁね」
 それ以上は何も訊かず、乱菊は首に抱きつく腕を緩めた。ギンは名残惜しそうに体を離す。そして乱菊を見て、微笑んだ。
「ギン」
「何や」
「もう、ずいぶん一緒にいるね。どれくらいかな」
「二十七年は経った」
 ギンは即答した。乱菊は笑った。
「そんなに経つのね。それなら、あんたも背が伸びるはずだわ」
「乱菊かて伸びたやないの」
「今、少し背伸びしないと届かなかったのよ、首に」
 ギンはきょとんとして姿勢を正すと、乱菊と向かい合った。そして乱菊の頭に手を置き、よしよしと撫でる。
「かわいらしゅうなってまあ」
「言っておくけど、差は殆どないんだからね」
「差は差やで、乱菊」
 乱菊が頬をふくらませた。そして握り拳を作る。
「絶対に追い抜くからね。沢山食べて伸ばしてみせるわ。ギン、また背比べするからね」
 ギンはつぅと眼を細めた。
「また、するんやね」
「するわよ、絶対に」
「ええね」
 乱菊の額と自分の額をつけて、ギンはそっと笑う。
「また、しようなあ………ボクはまだまだ伸びるけどな」
 ギンの目の前では乱菊が眼を閉じて、ふて腐れていたものの口元は笑っていた。





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