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十 今夜十回目のおやすみを言うだろう
ギンは乱菊の手を引いて森の中を歩いていた。地面は昨日の雨で水を含み、一歩を進めるごとに足が沈む。草履はすでに濡れ、足裏は土と水で汚れて不快だった。 「もう少し行った先に小屋あるんよ」 後ろを歩く乱菊からは返事がない。けれど頷いた気配に、ギンは言葉を続ける。 「誰か一人で暮らしとったようでな、狭いんやけど、まあ作りはしっかりしとったし、雨漏りしとらんと思うんや。今度は大丈夫やで」 二人は何も手にしていない。ギンはもともと身一つで暮らしていたから、雨漏りして捨ててきた小屋から持ち出す物など何もなかった。ギンは唯一、乱菊の細い手を握る。 「寒うない? ちょっと濡れたやろ、夕べ」 振り向くと、乱菊は首を横に振った。そして真っ直ぐにギンを見つめてくる。 「ボクとひっついてても体全部隠れるわけやないしなあ」 立ち止まって乱菊のあちこちを見るギンを乱菊はじっと眺めていた。 「ギンは」 呼ばれて、ギンは顔を上げた。 「何や」 「ギンは、平気?」 最初、ギンは呆気にとられたように口を開けた。そして閉じ、また開けた。 「へ、いき。うん、ボク平気や大丈夫や何も心配いらん」 早口でそう言うと、ギンの顔にふぅと笑みが浮かんだ。空いている手で銀髪を掻き回すようにして掻き上げて、そして手を下ろし、また上げる。 「なんか、ええなあ」 ギンが呟いた。 「人に心配されるん、なんかええなあ」 乱菊は感情の沈みきった表情のまま頷く。ギンはそれを見て、空いている手を乱菊の頬に伸ばした。指先だけでそっと触れる。 「はよ、行こか。筵でもあるとええな」 無言で頷く乱菊に、ギンは微笑んだ。
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