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一  それは最初の日

 さて、どうしたものやろか。
 ギンはあぐらをかいて、目の前の少女を眺める。
 乱菊と名乗ったその少女を連れて帰ったはいいが、自分がこれまで他人と暮らしたことがないことに気づき、ギンは戸惑っていた。乱菊はよほど体力を失っていたのか、小屋に連れて帰るとすぐに眠ってしまった。傷の手当てをしようと考えていたギンは、横たわって寝息を立てている乱菊に無闇に触れることもできず、ただその横で座っている。
 警戒心がないというより、自棄って感じなんやろかねえ。
 自分の腕を枕にして、乱菊は寝入っている。腕から床に流れ落ちている山吹色の髪が薄暗い小屋の中でも、隙間から入ってくる月の光を反射して光っていた。白い肌は薄汚れていたけれどきめ細かく、長い睫の影が淡く落ちていた。
 乱菊を背負ってこの小屋に戻る道中、ギンの問うままにぽつりぽつりと、単語だけで乱菊は答え、それをつなぎ合わせてギンは乱菊が倒れていた経緯を理解した。その声に感情はなく、おそらく顔も無表情なんだろうとギンは思った。乱菊の遭ったことはギンも分からないことではない。あの不快感(そしておそらくは恐怖も)にこの細い軽い体で耐えたのかと、ギンは思う。
 だからギンは乱菊に無闇に触れられないでいた。
 腕にも足にも顔にまで、擦り傷や打ち身が見え隠れしていてギンはそれらが気になって仕方ない。せっかく拾った綺麗な少女を、傷だらけのままにしておきたくはなかった。痛々しい、という感情を自覚することなく、ギンは眉をひそめる。
 そのとき、乱菊が急にはっきりと目を開けた。
 むくりと起きあがるその姿を前に、ギンは訳もなく慌てた。少しばかり体を引き、意味もなく両手を顔の前で振る。
 その様子を感情のない眼で乱菊は眺めていた。横座りで、白い細い足が裾からのぞいていた。そして乱菊は小首を傾げて、
「ギン?」
と言った。

 名を呼ばれたのは、どれくらい久しぶりのことだろう。

 ギンが動きを止めた。
 反応のないギンを見て、乱菊は反対側に首を傾げた。さらさらと音を立てて、髪が流れた。感情のない眼、顔、磁器のような肌、光を梳いたような髪。
 人形のようなその姿に、ギンはどうにも言葉が出なかった。頭は回転しているようなのに、どうも空回りしているようだった。
「………………水持ってくるさかい、傷洗お。乱菊」
 がっくりと肩を落としてギンは言った。気の利いたこと一つ言えないでいる自分がちょっと哀しかった。





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