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30 血の誓い

『戦い』

 虚が消え去った後は、どこか爽やかな風が吹き抜ける。
 それは虚から放たれる死臭に似た霊圧が消え去るからだろうか。それともただ戦いを終えて、まだ自分の存在があることに安堵するからだろうか。
 地面に座り込み、一角は空を仰いだ。夜が明けようとしている。星の瞬きは薄く小さくなり、空は青みを帯びている。夜の闇は西の空に逃げて、東の空は白んでいる。
「血だらけだね、一角」
 声をかけられて振り向くと、弓親が鞘に収めた刀を手にして立っていた。その弓親の左肩は割け、はだけた肩もずり落ちている死覇装も血で濡れていた。一角は小さく笑い、
「おめぇもな」
とだけ呟いて、再び空を見上げた。ふふ、と弓親が笑う声がする。



『証』

「そなたらの姓は」
 書類を手にした死神にそう問われて、やちるは首を傾げた。そして剣八を見上げると、まだ返り血を浴びたままの彼も同様に首を傾げている。
「せい……ああ、姓か。そんなものは、ねえよ」
 剣八はそう答えて、やちるを片手で持ち上げるといつものように左肩に乗せた。やちるは肩にしがみつき、先程まで見上げていた死神を見下ろす。
「せいって、なあに」
 やちるから逆に問われて、その死神は面食らったように眼をしばたたかせた。そうして少し黙り込み、
「……そなたの家の名だ」
とだけ答えた。やちるは更に首を傾げる。そして剣八を見ると、その横顔は少しばかり渋くなっているように見えた。
「あたし達、家なんてないよねえ」
 やちるは小さな声で剣八の耳元で囁いた。やちるの記憶にある生活は全て青空の元での流浪の日々だ。屋根のあるところで眠ったことはあるが、定住する場所を得たことは一度もない。やちるの場所は、剣八だ。しかし、剣八は人であり、家というものではないことくらいはやちるは理解している。
 剣八はしばらく黙り込んでいたが、空いている手でやちるの頭を掻き回すように撫でると、死神に向かって、
「……姓は、更木だ。こいつは草鹿」
と言った。
「それは地名だ」
 死神は短くそう言う。しかし、その頭部を見下ろして剣八は薄く笑った。
「俺はここに来るまで“更木”の剣八と名乗ってきた。こいつは“草鹿”のやちる、だ。そう名乗ってきたんだから、これからもそれで構わねえだろ」
「う、うむ、まあ、そうだが」
 戸惑う死神を無視して、剣八はやちるに眼を向けた。やちるはじっとそのやり取りを聞いていたが、剣八が振り向くと身を乗り出した。
「いいか、やちる。お前は“草鹿やちる”だ」
 そう言って剣八はにやりと笑った。やちるは最初、ゆっくりと瞬きをし、そうして大きく笑みを浮かべた。
「うん、あたし、“草鹿やちる”なんだね」
「そうだ」
「剣ちゃんは“更木剣八”なんだね」
「そうだ」
 やちるは声を上げて笑い出した。そうして剣八の首に抱きつくと、ぐるりと剣八の正面に回る。剣八が左手でその体を支えると、やちるは顔を離して剣八を見上げ、
「草鹿やちると更木剣八だね!」
と言った。剣八は頷く。やちるはまた笑い出すと剣八の手から飛び降りて、死神を見上げた。
「あたし、草鹿やちるだよ。剣ちゃんは、更木剣八だよ。よろしくね」
 やちるはにっこりと笑った。



『試み』

 血塗れで倒れ伏す死体を一角は眺めていた。つい数刻前まで隊長だった死神と、副隊長だった死神。隊長だった死神の吐き出した血で赤い口元は、笑みの形をしている。満ち足りたんだな、と一角は思った。副隊長だった死神の顔は向こうを向いているからわからないが、きっと笑っているだろう。彼もまた、全てに飽きたような、乾いた眼をしていたからだ。
 並ぶ死体の向こうには勝者である男と彼の連れである幼女がいた。一角が眼を細めて彼らを見る。一度きり。たった一度会っただけだったが、一角は彼らを鮮明に覚えていた。当然だ、と一角は思う。荒れ果てた北の地で彼らに負けてから、一角はずっと彼らを追いかけていたのだから。死神になるらしいという噂を聞いて死神を目指した。瀞霊廷に向かう道のりでいつのまに追い抜いたのか、ここに彼らがいないことに最初は落胆した。それでもここにいるのが得策だろうと、慣れない堅苦しい生活を我慢して死神になった。ある意味、流魂街で生きるより厳しい任務もこなして、ただ、待った。
 ようやく出会えた喜びと、追いかけていた者の圧倒的な強さに、一角は小さく笑う。
「……一角」
 隣で弓親が、正面を見据えたまま呼んだ。
「出会ったね」
「ああ」
「覚えているかな」
「どうだろうな」
 ちらりと横を見ると、弓親の横顔もまた、笑みを浮かべていた。









 あまりに放置していたので、まあもうこれでいいと思っているんだよ私の中の人は、と思うことにしました。本当は一つの話にしたかったはずなのに、書きたいなあと思うことをメモのように書いていたらこんな感じに。本当はもう少しあったのですが、まあ、それはもう。でもこれは最初から十一番隊の話にしようと決めていました。

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