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23 大バサミ

 植物採集から戻ってきたテッサイが最初に告げたのは、
「やはり何やら掴趾追雀で私の行き先を調べられているようでございますよ」
ということだった。
 十二番隊の浦原の自室は離れにある。深夜のことだ。周囲は静かで人の気配はなかったが、テッサイは低い小さい、しかし確かな声で浦原に言った。テッサイの言葉を聞いて浦原は薄い顔をわずかに曇らせる。文机の上に開いていた書物を閉じ、体ごとテッサイへ向いた。あぐらをかいて、上体を寄せる。
「誰だか、判りますか?」
 浦原もまた声をひそめて尋ねた。テッサイもまた顔を寄せ、しかしけろりとした声で、
「いえ、そこまでは無理ですな」
と言う。テッサイはそこで真剣な表情になると、声を更に低くした。
「しかし、喜助様は誰だかお判りになっているはずですが」
 そう言われて浦原は苦笑した。
 全くもって、その通りだからだ。


 浦原が研究に用いる試料を採集してくるのはテッサイだ。
 それはずっと昔から行われていたことであり、浦原の私的な部下でもあるテッサイはよく瀞霊廷から姿を消しては、いつの間にか荷物を山のように抱えて戻ってくる。植物から鉱石から様々なことに詳しく、かつ、虚と出会したとしても対応できる戦闘能力のあるテッサイは、研究に日々忙しい浦原にとってはまさに股肱の妻とでも呼べる存在だった。浦原はよく人から、どうしてせっかく創設された技術局の局員を使わないのか尋ねられた。その度に浦原はへらりと軽く笑い、
  いえね、テッサイなら必ず帰ってこられるでしょ
と答える。尸魂界で虚が出現することは希ではあったが全くないわけではない。護廷十三番隊は持ち回りでそれに対応していたが、尸魂界は広大で、出現の報告から担当者が到着するまでには時間がかかる。しかも尸魂界に現れるような虚は強いことが多い。それゆえ採集に出かけるのは戦闘力のない技術局員では太刀打ちできない……というのが浦原の弁だった。それは確かに正論で、だから周囲の人々はテッサイが尸魂界中を飛び回っていても不思議に思わなかった。
 ゆえに、テッサイが定期的に戌吊へ行っても誰も何も怪しまないはずだった。
 一人を除いては。

「先日、隊首会で藍染さんに言われましたよ」
 テッサイのいれた茶をすするようにして飲み、浦原はのんびりと話す。
「握菱はいつも忙しそうに各所に飛び回っているね、とね。新しい研究を始めたので、色々と採ってきてもらってるんすよ、と言っておきましたけど、しばらくは戌吊へは行かない方がいいんでしょうねえ……ご夫婦とあの娘さんの様子を知りたいんですけどね」
 胡座をかいている浦原の傍らで、姿勢の良い正座をしているテッサイは、小さく笑って頷いた。
「彼らを戌吊へお連れしたときに、かなり備蓄を置いていったのでしばらくは大丈夫でしょう。それにあのご夫婦はそこらの輩に負けることはないだろう実力をお持ちですぞ。四楓院家に仕えておられたのですからな。赤ん坊を抱えているとはいえ、生活に困ることはないでしょうし……藍染殿に知れなければ、崩玉はあの赤ん坊の中に入ったまま無事でしょう」
 同じように茶をすすり、テッサイは淡々と答える。浦原は小さく息を吐き、
「まあ、そうなんスけどねえ」
と呟くように言った。その様子を眼鏡の奥でちらりと見て、テッサイは口を開く。
「あのご夫婦なら、あの赤ん坊を無事に、そして真っ直ぐに育ててくださるでしょう」
 テッサイが確かな声でそう言い切る。そして一人満足げに頷き、浦原を真っ直ぐに見た。
「ですから、喜助様。貴方はなるべく早く、崩玉を破壊する方法を探し出さねばなりません。それ以外に彼らに報いる方法があるのですかな。あの赤ん坊が大きくなる前に崩玉を取り出してやらねばなりません。彼らを気にしているくらいなら、その時間を研究に使うべきではないかと思いますがな」
 言い方は丁寧で柔らかいが、厳しい言葉に浦原は苦く笑う。手にしていた湯飲みを盆の上に置き、浦原は目を覆っている前髪をばさばさと乱暴に掻き上げた。テッサイはそれをじっと見据える。
 浦原が大きく溜息をついた。
「……全く、その通りっスよねえ。ホント」
 肩を下げて浦原は、たははと笑ってテッサイを見上げた。背中に物差しでも入れているのかと思うほどに背筋を伸ばして正座をしているテッサイは、顔だけを浦原に向けて、頷く。
「ホント、自分の蒔いた種から芽が出たんですから、自分で刈り取らないとっスよねえ」
 溜息をついて、口を閉じると室内はしんと静まりかえった。部屋の周囲にも誰の気配もなく、ただ遠くで犬の鳴く声がかすかに響いているのが聞こえる。浦原は畳の目にふいに眼を向けた。その目の隙間に爪を差し込み、くいと押し込む。ぴん、と爪が弾かれる小さな音がした。
「……テッサイ」
「はい」
 畳に眼を向けたまま、浦原は落ち着いた声で話す。
「出てきた芽はとてつもなく危険なもので、咲く花はまた、どうにも危険な人を呼び寄せるようっスよ」
「そうですな」
 テッサイの声色には何の変化もなく、テッサイは淡々と浦原に答えて、一口、茶をすする。
「芽を刈り取るのもかなりしんどいことになりそうっスね」
 浦原は、爪で畳の目をなぞりつつ、眼は遠くを見ていた。
「そうでしょうな」
 テッサイは温い茶を気にすることなく、もう一口、すする。
「藍染サンとは、最初、分かり合えると考えてました。おそらく藍染サンもそう考えていたでしょうね。お互い、自分の倦怠にも世界に溜まる膿にもうんざりしていたはずですから。ただ」
 ぴん、と爪が弾かれる。
「アタシは別に、この世界が嫌いなわけじゃないんスよ」
 かかか、と爪が畳を引っ掻いた。
「別に、あそこまで危険なものを欲しいとは思わないんスよ」
 引っ掻く音がかかかかと続く。
「あれを手に入れて、どうしたいんですかねえ……藍染サンは」
「さあ……どうされたいのでしょうな」
 テッサイはそう答えると、すっと浦原の方へ体を向けた。浦原は顔を上げてテッサイを見上げる。テッサイは両手を軽く握った形で膝の上に置き、背筋は伸ばしたまま、浦原を真正面から捉えた。
「喜助様。藍染殿がこちらを探っておられる、そのことは確実です。目的が隠された崩玉であることも確かでしょう。藍染殿と喜助様が敵対することも……それが表に出ることはないでしょうが、確実に避けられないでしょうな」
「そうっスね」
 テッサイは小さく笑った。
「藍染殿には、おそらく協力者もおるでしょう。しかし、喜助様。貴方には私と夜一様がおりますぞ。尸魂界でも並ぶ者のない最強の女神と万能の部下をお忘れになっておられませんかな」
 浦原は少しばかりきょとんと、彼には珍しい顔をしてみせた。そしてすぐに相好を崩し、ふふふと声まで上げる。
「テッサイ……自分のことを万能だなんて言う人もなかなかいないっスよ」
「私は自負しておりますぞ」
 自信満々にそう言い切り、テッサイは柔らかい視線を向ける。浦原は笑みをにやりと、人を食ったようなものにして更に笑った。
「いや、アタシもそう思ってますけどね」
 顔を見合わせて二人で忍び笑いで笑う。小さな部屋にくつくつと笑い声が響く。浦原は笑みを残したまま、
「そうですよねえ、女神までついているんですしねえ……アタシらには」
と呟く。そして思い出したようにテッサイを振り向いた。
「知ってますか。現世の、別の国の話ですけどね……運命を司るのは三人の姉妹の女神で、それぞれが運命の糸を紡ぎ、長さを決め、それ断ち切るそうスよ」
「ほう、運命の女神ですか……確かに、夜一様は喜助様の運命の女神でしょうな」
 浦原はへらりと笑う。
「アタシらの運命はどうなんでしょう。アタシと藍染サン、どちらが先に断ち切られるのか、それともアタシらが世界の運命の糸を握っているのか……アタシらの運命の女神様は、糸なんて紡げないし、鋏なんてモンじゃなくて手刀で糸をぶった切りそうですけどね」
 テッサイもはははと快活に笑った。
「鬼道でぶっ飛ばして下さるかもしれませんな」
「これを聞かれたらアタシらがぶっ飛ばされるっスねえ」
 浦原は柔らかい顔で呟いた。








 こちらは、闇系御題の05と25、そして27と密接に繋がっている話です。すでに赤ん坊のルキアに崩玉を隠した後の話で、戌吊に暮らしているルキアと、養い親の面倒を見に、ときどきテッサイさんが採集のフリをして出かけています。テッサイさんがどういう立場の人だったのかいまだによく分かりませんが、少なくとも浦原さんの私的な命令で動く人だったのではないかと考えています。

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