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21 懺悔
鏡を見るたびに、心に刻み込んでいたのです。 これと同じ顔の少女を捜し出そうと。必ず。必ず。
私と妹が死んだのは、妹が産まれて数ヶ月ほど経った頃でした。どこもかしこも貧困で、まず最初に父が残りの食料全て残して消えました。次に母が、ありったけの金目のものを掻き集めて食料を手に入れたかと思うと、その夜に消えました。残された私は、まだ何も知らない妹を抱えて東奔西走しましたが、食べるものもなく、飲める水もなく、守る者のない二人の姉妹では生き抜くこともできませんでした。 父と母が残してくれた全てのものを使い切った夜。 妹を抱えて、私は水も少ない沼に沈んだのでございます。
これで終わると思ったのです。 何も知らなかった愚かな私はこれで全てが終わると思ったのです。
共に死んだために、共に同じ場所に落とされたことは妹にとっては幸せだったのでしょうか。 まだ喋れない、あどけないあの子は、ただ私を見て笑っていました。 大きな瞳に映る私の顔は、頬が痩け、眼ばかりが大きくなり、乾いた肌をしていました。髪はぱさぱさと乾き、鎖骨が飛び出していました。 もう、限界などとうに越えていました。 限界になって沈んだのに、辿り着いた場所は更に苦しいものだったのです。 そして何よりも苦しかったことは。 私には必要のなかった食料が、妹には必要だったということでした。 まだ固い物を食べられない妹のために、私は食料を探し続けました。 米などないあの地では、重湯一つもあげられません。似たような植物を探しては煮込み、果物を採っては果汁を絞り、何もない日々が続いたときには……食べ物の必要のない私の血を、飲ませました。 妹を誰かに攫われぬよう、私自身が誰かに襲われぬよう、眠れない夜が続き、隠れる昼が続き、妹に話しかけるだけの日々が続きました。 どれくらい、そうしていたのでしょうか。 痩せ細った自分の腕を見て、乾ききった自分の頬に触れ、問うても答えのない問いを狂ったように呟き続ける自分の声に気づいて。 柔らかい、ふくよかな妹を抱きしめて。 ある日、何もかもが嫌になった私は、してはならないことをしてしまったのです。 死ぬ気力もなく、生きる気力もなく、私は、妹を、たった一人の妹を。 捨てたのでございます。
誰か拾ってくれるだろうと、あの場所ではそんな人間などいないことなどよく承知していたはずなのに、あの日の私はそう考えることだけが救いのようにすがりつき、唯一持っていた柔らかい産着で妹をくるみ、お地蔵様の足下に妹を残して走り去りました。お地蔵様が妹を守ってくださるはずだと、ありえないことを呟き続け、脚が棒になるまで走り続けました。 そして物陰に隠れて、その恐ろしい、一人の、独りの夜を過ごしたのでございます。 愚かしい私に微笑んでくれた妹はもういませんでした。 罪深い私の頬を撫でてくれた妹はもういませんでした。 その夜はとても冷え込み、私は一人、がたがたと寒さにではなく何かに震え、夜明けを待ちました。 そして、空が白み始めた頃、一目散に妹を捨てた場所まで走っていったのでございます。
疲労と睡眠不足で貧血になりながら、私は走り続けました。幾度も転び、膝は擦り剥けて血が流れていました。それでも、独り残された妹を思えば、それくらいのことは何ともなかったのです。ただ走り、走り続け。 妹はおりませんでした。
その、空っぽの光景を今も忘れることが出来ません。 ただ風が吹き、乾いた音を枯れ草がたてていました。色のない、乾いた光景のなか、妹の姿はどこにもありませんでした。 私は立ち竦み、やがて座り込み、そして、叫びました。 叫んで、妹の名を叫んで、そして蹲り、両手を大地に打ち付けました。 そうしてどれくらいしたでしょう。 立ち上がり、私は歩き始めたのでございます。
数日、周囲を探して分かった唯一のことは、鴉色の装束の人が妹らしき赤ん坊を抱えて北へ……中央の方へ向かったということでした。私のことも妹のことも知っていたご婦人が、眉を顰めて教えてくださったのです。あれはもしかしたら死神崩れかもしれないよ。女の子を攫って、花街に連れて行ったのかもしれないよ。赤ん坊から育てれば、ほら、ねえ。そう仰って、ご婦人は私の方を気の毒そうに見やりました。別のご婦人はこう仰いました。死神なら、貴族らしいから、娘にするために連れて行ったのかもしれないよ、と。 私は北へ向かいました。 全ての地区の全ての集落を花街を巡りました。掴まったことも、嬲られたことも、申し上げられないような行為をされたこともありました。殺されそうになったことも一度や二度ではありません。けれど、そうしていても、私は死ぬこともなく、何かに導かれるように、南全ての地区を隈無く探したのです。 そしてあの日、瀞霊廷の手前まで。
まだ私と妹が現世で生きていた頃、父と母がまだいらした頃、私と妹を見比べて母が言いました。お前の赤ん坊の頃にそっくりだと。そして父が笑って言いました。この子が大きくなったら、さぞや似た姉妹になるだろうと。 ですから、妹は私と似た姿に育ったことでしょう。 同じような大きな眼をし、細い顎をし、小さな顔で、細い体躯。 私は人々に尋ね続けました。私と似たような少女はおりませんでしょうかと。問い続け問い続け問い続けて、そして瀞霊廷の門の前で。 私は土下座をして門番様にお願いしておりました。
私が妹を捨ててから、百年近い年月が過ぎておりました。
………人を捜しております瀞霊廷の中にいるやもしれませんあの子は霊力がございましたからおそらくこちらにいるのではないかと思うのですお願い致しますどうか中にどうかどうか中に入れて下さいませ………ならばせめて門番様私と似たような少女に見覚えはございませんか…………
そこへ貴方様がお通りにならなかったら、一体、どうなったことでございましょう。
貴方様は立ち止まり、私の問いを聞いて下さいました。薄汚れた私をお屋敷にお連れ下さいました。学院や協会に問い合わせて下さる間、お屋敷に置いて下さいました。そして妹が見つからず、もうあとは残りの地区全てを探すしかないのかと途方に暮れた私に、ここを拠点とすればよいと仰って下さいました。 そして罪深い私を。 愚かで罪深い私を。
私は、貴方様の裏表のない優しさに甘えてしまいました。 貴方様の深い優しさに、ただ甘えるばかりでございました。
嫁いですぐに臥せってしまい、妹を満足に捜すこともできず、貴方様のお役に立つこともできず、ただ甘え、ただ頼り、ただ守られておりました。 春は桜、夏は花火、秋は月、冬は雪。 寝込む部屋から全てが眺められるよう、貴方様は庭に面した部屋に私を寝かせて下さいました。そして庭の風景を、ただ二人で眺めておりましたあの日々。 時は流れるように穏やかに過ぎ、私は初めて人と穏やかに過ごす時の柔らかさを知りました。そして、そうして、何も貴方様に出来ないまま。 何もお返しできないまま。 そして妹に詫びることもできないまま。
鏡を見るたびに、水面に映る自分を見るたびに、誓って参りましたのに。 私はこの姿でいられなくなりました。 私と妹を繋ぐ唯一の糸を、私は手放さなければなりません。 これが私の、罪深い私への罰なのでしょうか。
どうか妹が幸せに生きておりますように。 どうか貴方様がお幸せでおられますように。
私は誓いも果たせぬまま。 何も為し得ないまま。 貴方様への想いと、妹への詫びを胸に抱いて、ただ。
あれだけの時間、探し続けていたのなら、細かく細かく探しているだろうし、かつ、霊力はなさそうかなと思いまして……捏造しました。沼に沈むのもお地蔵様も彼女の能力の有無も出会いも何もかも、捏造ですよ捏造。
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