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19 奪う者

 ふと、顔を上げて横を見ると、通りの向こうを藍染と雛森が並んで歩いているのが見えた。
 宵闇に沈む外れの通りに、隊長羽織を翻す死神の姿は目立っている。この通りにはぽつり、ぽつりと屋台が並んでいるが、書類の様な物を雛森が抱えていることからしても仕事帰りなのだろう。すでに仕事を終えて私服姿になっているギンは見つからないように体を縮めて、談笑してゆっくりと歩く二人を覗き見た。しかしギンのいる屋台には他に客はいない。体を隠せるはずもなく、藍染がひょいとこちらに顔を向け、苦笑するのが見えた。
「ああ、見つかってもた」
 ギンは口の中で呟いた。藍染は足を止めて雛森に一言ささやき、こちらを指さしている。雛森が振り向いて、普段通りに微笑んで軽く頭を下げた。そうして二人とも歩み寄ってくるから、ギンは仕方なしにへらりと笑ってみせる。
「もう仕事を終えたのかい、市丸」
 藍染は柔らかな笑顔でそう言ってくる。その傍らでこぢんまりとした雛森が楽しげな声で、
「今日は吉良君が仕事がはかどったと喜んでましたもん。お仕事されていたんですよね、市丸隊長」
と言う。
「いややなあ、雛森ちゃん。まるでボクが普段、仕事しぃひんみたいやないの」
「していないじゃないか」
 雛森のかわりにそう藍染が答えて、雛森と二人で顔を見合わせて笑った。ギンもつられたように笑う。腹の中で先ほど飲んでいた強い酒が急に内壁を焼いたのか、鳩尾の奥がじりじりとした。
「藍染隊長、こちらは私が隊舎へ持ち帰って片付けておきますから、今日はもう終わりにされてはいかがですか」
 雛森が気遣うような眼をして藍染を見上げる。しかし藍染は首をゆっくりと横に振り、ありがとう、と呟くように言った。
「でも一緒に戻って片付けるよ。一人ではちょっと遅くなってしまう。僕の仕事でもあるのだから、一緒にさっさと終わらせてしまおう」
 藍染はひどく優しげな笑みで雛森を見る。ギンは猪口に残っていた酒を飲み干すと、ふう、と息を吐いた。
「そうそう。それにボク、一緒に飲むなら雛森ちゃんおらんといややもん。なんでこないなおっさんとサシで飲まなあかへんのや」
「ひどいなあ、かつての上司に」
「それはそれで、これはこれですやろ」
 苦笑する藍染と、軽く笑うギンを交互に見ていた雛森が、俯いて嬉しげに頬を染める。それを横目で見て、ギンは溜息混じりに息を吐いた。
「さ、雛森君。ふられたことだし、戻ろうか」
「はい」
 藍染が軽く雛森の肩を叩くと、雛森は笑みでいっぱいの顔をして頷いた。
「では市丸隊長、おじゃましました」
「じゃあ、ゆっくり楽しんで。市丸」
 歩き出す二人にひらひらと手を振って、ギンは座り直して顔を背けた。一瞬、視線を感じたけれど、ギンは顔を向けることはせず、目の前の、食べ終えて鶏肉がわずかにこびり付いた串を凝視する。おそらく、藍染が一回、振り返ったのだろう。視線の冷ややかさを思って、ギンはそう確信した。そして雛森の真っ直ぐな笑みを思い出して、ギンはゆっくりと瞬きする。
 屋台の主人が気を遣い、焼きたての串を数本、皿に置いた。それでもギンはぼんやりと、湯気の上がるそれを口に運ぶことなく眺めていた。








 市丸さんは気軽に一人、屋台で飲んだりするかなあと思って書いていました。屋台ということで思い浮かぶのは、ラーメン、おでん、焼き鳥なのですが、夏なので焼き鳥に。

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