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14 烙印

 鏡を見ると甦るのは、緋色に染まったあの日の光景。
 最初にあの子が爪に貫かれた。
 次にあいつが切り裂かれた。
 こんな日が来るとは想像もしていなかった。ただ信じていた。ただ盲目的に信じていた。
 ずっと一緒にいるのだろうと。
 ずっと一緒に歩むのだろうと。


 それが奢りというのなら。
 その奢りが罪ならば。
 罪の印を甘んじて受ける。全てを忘却しないために。


「先輩」
 呼ばれて修兵が振り返ると、細い体躯の死神がこちらに駆けてくるのが見えた。薄い色素の髪の、吉良だった。
「おう。吉良、どうした」
「聞いてください先輩先輩。僕、とうとう副隊長になれたんです!」
 喜色満面といった顔をして、吉良は修兵に抱きつかんばかりに書類を抱えた両腕を振り回して話す。彼にしては珍しい大きな身振りに、修兵はおかしくなって笑った。既に九番隊副隊長となっていた修兵には、その報せはとうに入っていたが、そのことは口にせず、修兵は拳で軽く吉良の頭を小突く。
「おう、よかったじゃん。おめでとさん」
「はい」
「もう阿散井とかには報せたのか」
「はい。今夜、阿散井君と雛森さんでお祝いしてくれるそうです。そこで、先輩も是非いらして下さい、お願いします」
 吉良とその二人は同期であり友人でありライバルでもあり、とにかく仲が良かった。学院在学中は修兵とは一年間しか重なってはいないが、その頃から三人は仲が良かったらしく、一緒にいる姿を遠くに見かけたことも何度かあった。背の高い二人に挟まれて、小さな少女が見上げて話す。その光景に修兵はよく微笑み、そしてある時からは胸が締め付けられるような痛みと共に、眺めていた。
 そして今も修兵は、微かに痛みを覚えて、静かに微笑んだ。
「仲良いな、お前ら」
「? はい」
 小首を傾げて、それでも喜びいっぱいの吉良はただ頷く。
「しかたねえな。俺も祝ってやるよ。ただ給料もうねえから、奢りはねえぞ」
「もう使っちゃったんですか?」
「まあ色々とあるんだよ色々と」
 修兵が吉良の長い前髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でると、吉良は叫んで止めようとする。けれどその顔はやはり笑っていて、修兵はつられて大きく相好を崩す。
「先輩が来てくださるだけで嬉しいです」
 可愛らしいことを言って、吉良はまた走っていった。書類を抱えていたところをみると、初仕事の途中なのだろう。修兵はその初々しさに眼を細め、そして自分の頬に手をやった。


 消えることのない、深い傷痕。


 毎年毎年、多くの死神が入廷し、多くの死神が消えていく。その中で同期の親しい人間が一緒にいられることなど、希有だということを、もう修兵は知っている。
 けれど、だからこそ。
 修兵は傷痕に触れる手をそのまま上に上げて前髪を掻き上げた。傷痕は露わになり、日の光が真っ直ぐに修兵の顔を照らす。
 消えない傷。深く深く刻まれた、苦く重く、忘れがたい記憶。
 けれどこれがあるからこそ、長く緩やかに重ねられる時間に埋もれることなく、修兵は彼らを思い出せる。
 たとえもう既に、彼らが新しい魂として生まれ変わっていても。
 もう記憶も思い出も何もかも清められていたとしても。

 それでも、だからこそ。

 見上げる空は、あの日のように晴れ渡り、青く深くそこにあった。
 修兵はその眩しさに、眼の奥がしみるように痛んだのを感じていた。








実は書きにくい人です。とにかく、思い出すたびに、あの傷跡は烙印のようになってしまっていないだろうかと考えまして。あの出来事は彼が背負わなければならない罪では全くないのに、それでも、そう感じてしまうのが人だと思います。

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