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13 天敵

 部下はいつも通り、明るい、どこか脳天気な笑みで毎日を過ごしている。
 日番谷はそれを横目で眺めて溜息をついた。乱菊は織姫と共に箪笥を引っかき回し、この服はいいけどこっちはちょっとねえ、などと言っては新たに引き出しを開けている。身につけている服もまた織姫からの借り物で、現世の服はやたらと露出が多い。瀞霊廷にいたときには見たこともなかった、乱菊の美しい脚線が惜しげもなくさらけ出されている。日番谷は視線を泳がせて、溜息をついた。
「松本、服くらい何でもいいだろう」
 呆れた声でそう言うと、乱菊は小さく、あらら、と言った。
「だって、隊長。現世の服を着られる機会なんて滅多にないじゃないですか。せっかくですもん。堪能しておかないと」
 床にぺたりと座り、そう言って笑う乱菊は底抜けに明るく見える。その横で織姫もまた、洋服の山を抱えて笑った。
「そうですよー。乱菊さん、何着ても似合うんですもん。色々着てみてほしいなあ」
「あら、織姫。いいこと言うじゃない」
 二人はすぐに日番谷から洋服へ興味を移し、楽しげにああだこうだと服を合わせている。そのうちに着替えまで始めそうで、日番谷は二人には背を向けて、ちゃぶ台のようなテーブルに片手で頬杖をついた。目の前の窓から見える空は高く、青い。夏の終わりの色だ。
 乱菊の声は、もともと落ち着いた、耳に心地よい声色をしている。はしゃいでいる今の声も決してうるさくはない。日番谷は空を見上げたまま、聞き慣れた声に耳を澄ませる。その声にはどこにも違和感はない。見事だ、と、日番谷は口の中で呟いた。

 この声にわずかではあるが明らかな愁いが……憂いが混じっていたのは、旅禍騒動の最中と、藍染達が空に消えた後の数日間くらいのことで、それも市丸ギンのことを語るときだけだった。
 日番谷は、乱菊とギンの関係を特に知らない。それ以前に、市丸ギンについて詳しく知らない。履歴書に書かれている程度のことは知っているが、それも本当のことなのか疑わしい。ギンはいつも親しげに近寄っては軽口を叩いていたが、彼が考えていることも、彼の本心も、日番谷は知らないままだった。
 それは周囲も同様だったのだろう。乱菊とギンの関係について皆が口にするのは「彼らは同期だ」ということだけだった。そして、騒動の前、二人が会話することがあっても、彼らは自分の立場をわきまえた発言しかしていなかったから、特に親しい印象も受けなかった。
 乱菊が「ギン」と呼ぶのを、日番谷はあの騒動で初めて聞いた。
 日番谷が入隊し、隊長になったときにはギンはすでに三番隊の隊長になっていたから、それも仕方ないことなのかもしれない。しかし、それにしても乱菊は一瞬たりともギンと親しい素振りを見せたことはなかったし、ギンも同様だった。
 騒動の最中に乱菊のそれを耳にして、日番谷は、実は二人はかつて親しかったのだろうか、とふと思った。その親しかった頃がいつなのか、それとも今も親しいのか。同期としての親しさを越えたものなのか、ただの同期としてなのか。日番谷にはそこまではわからないし、踏み込んではいけない領域だろうと考えて、何も言わなかった。
 何も言わなかったのだが。
 二人はおそらく、何人たりとも踏み込めないくらいに親しかったのではなかろうか。
 日番谷は、確信に近くそう思う。
 ただの同期なら、動揺や哀しみをどうしてあそこまで押し隠すのか。
 ただの同期なら、丘の上でのギンの最後の言葉をなぜ頑なに明かさないのか。
 吉良に付き合ってギンの文句を愚痴りながら酒をあおっていたときですら、乱菊は、本当のことは何一つ口にしていなかったように思う。
 現世への先遣隊に入りたい、と乱菊が希望を示したときのことを日番谷は思い出す。楽しそうだし、と乱菊は笑った。それには誤魔化されずに、日番谷は真っ直ぐに乱菊を見据えて、言った。
 お前の最後の同期と刀を交えるんだぞ。
 真面目にそう問うた日番谷に、乱菊は完璧に美しい笑みをしてみせた。
 いやですよ、隊長。同期だからこそ、行かないといけないじゃないですか。それに、すでに市丸ギンとは刀を交えてますよ。ほら、雛森を庇って、屋根の上で。
 そして小首を傾げ、微かに眉を寄せた。
 もう、刀を交えることくらいお互いに承知してるから、何も問題ありませんよ。ええ、ホントに。
 なぁんにも。
 眉を寄せたまま、乱菊は笑った。
 それ以外にできることがないかのように。

「ほらほら、隊長。見てくださいよ」
 そう声をかけられて振り向くと、先ほどとは違った洋服を着た乱菊が腰に手を当てて立っていた。くるりと一回転すると、短いスカートがひるがえる。その横で織姫は座ったまま、のんきにぱちぱちと拍手する。中が見えるのではないかと日番谷はやきもきして、そして呆れた。
「似合いますか」
「とりあえずその格好で回るな。暴れるな」
「いやですよう、隊長ったら。生活指導の先生みたい」
「学校に通ったこともないくせにそういうことを言うんじゃねえ」
 日番谷がそう言うと、乱菊は笑いながら学院には通いましたよう、と反論して口を尖らせてみせた。そして日番谷に背を向けて、織姫と再び洋服を手にとって話し始める。その背を眺めて、日番谷は眉を寄せた。
「……やっぱ、あいつは、いけ好かねえ奴だ」
 呟いて、日番谷は立ち上がった。乱菊と織姫が同時に顔を上げたが、日番谷は手で押さえるような仕草をして、少し散歩してくる、とだけ言って玄関から外に出る。
 外は明るく、まだ日差しは厳しい。しかし、廊下には涼しげな風が吹いて日番谷の髪を揺らした。その己の髪の色が、空に消えた男を思い出させて日番谷は眉をひそめる。いつも、いつもいつもいつも、へらへらとした笑みを崩さずに、それなのに親しげに近寄ってきた、あの男。十番隊の執務室。窓からやってくるギンを叱りとばす自分の傍らで乱菊が笑っていた日々からはまだ一月も経っていないのに、ひどく遠い。
 日番谷は空を見上げた。
「やっぱりあいつは、いけ好かねえ奴だ」
 繰り返して呟き、日番谷は舌打ちする。
「……いつも傍に寄ってくるくせに決して心中は明かさねえで。いつも人と距離をおいて。雛森を傷つけて。松本を」
 そこで言葉を飲み込み、日番谷は歩き出す。足下には、濃い影がくっきりと落ちていた。









 隊長はなんとなく、何かあるんじゃないかと思っていて、その上で部下を手助けできたらと思っていたらいいなあと妄想で。まあ、市丸さんに会ったら迷わずざっくり斬るんじゃないかと思いますが。思うところはあっても。

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