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04 眼球
他愛もない会話だった。 「死ぬ前に好きなもん何でも食べれる、としたら何がええ?」 ギンがへらりと笑ってそう訊いてきた。焚火に照らされて、ギンの銀髪は温かい橙色に染められていて、柔らかく笑った表情が少し見えづらくて、その背後は闇だった。子供二人で移動していて、歩き疲れて、もう少ししたら交替で眠ろうと話していたときだった。 唐突に、脈絡はなかった。 「何よ、突然」 乱菊は小さく笑い、自分の唇を指で触れた。軽く抓むのが、その頃の乱菊が考えるときの癖だった。 「ギンは何が食べたいの?」 問い返すと、ギンは小首を傾げた。 「なんやろねえ」 「あたしは決めたわよ」 「なら、ボクも決めたわ」 「ならって、何よ。変なの」 顔を見合わせて笑った。そうして、一緒に言おうと言うと、ギンはなぜか照れくさそうに頷いた。 「せーの」 干し柿。 声を揃えてそう言って、目と目が合ってまた笑った。 「食べたいね」 「食べたいなあ」 甘いものなど、ずっと食べていなかった。脚はむくみ、足裏は痛く、体は重かった。それでも歩かなければならなかった。二人で生きるために、安全な場所を探して毎日歩いていた。 「寒うなる前に住む場所見つけようなあ」 そうしたら、干し柿作ろう。 囁くようにそう言って、ギンは乱菊を引き寄せた。 「先に、眠り」 「今夜はあんたが先に寝なさいよ」 抵抗するが、ギンは乱菊をひょいと倒して、わずかな荷物を入れた袋を枕にして寝転がした。 「ええねん」 薄い着物を乱菊に被せ、有無を言わさず乱菊を寝かせるギンは、焚火の明かりと夜の闇の狭間で溶けてしまいそうな顔をしていた。座るギンの傍で、丸まって横になった乱菊は顔だけ向けてギンを見上げていた。 「……乱菊」 「なあに」 「死ぬ前に眺めていたいのは、何やろ」 静かな声。 「……あんたは、なあに?」 疲れで地面に沈み込みそうな、そんな眠気で瞼が閉じそうな、それでも乱菊はギンに訊き返した。 ギンは、少し黙った。 考えているのではない、途惑うような沈黙のあとで呟くようにギンが答えた。 「…………乱菊が、ええなあ」 消えてしまいそうな声で、ギンが答えた。 「乱菊を、眼に映して、映したまま死ぬんがええなあ」 ばかね。 眠気で少し高いかすれた声で、かろうじて乱菊は言った。 それじゃあ、あんたが先に死んじゃうじゃないの。 全部、あたしと、あんたで、半分こにするんだから、そのときだって。 柔らかいてのひらが、乱菊の頭を撫でた。 髪をすくように、ゆっくりと、心地よい重さで乱菊をギンの手が撫でていた。眠りの闇が乱菊を包もうとしていた。 「ええねん」 声は、もう遠いところから。 「ええねん、乱菊」 ボクは、君が生きているん確認して、ほっとしているやろから。 遠い遠いところから触れると溶けてしまう雪のように言葉が降ってきていた。
なんとなく。書いていいのかと思いつつ。
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