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春・十二番隊
涅ネムは小さな紙袋を手に困惑していた。 伊勢から貰ったそれは、覗いてみたら淡い色をした道明寺だった。一つだけ、ころりと桜の葉に包まれている。伊勢はこれを手渡して、桜も咲いているのですから休憩時にでも食べて下さいと言った。けれど。ネムは小首を傾げ、困惑している動きをする。けれど、やはり、マユリ様に御報告して、召し上がって頂こう。 執務室に戻ると、研究が一段落したのか、涅マユリが机の前にいた。 「マユリ様」 呼びかけると、マユリは鷹揚に振り向いた。仮面の奥の眼がネムを捉える。 「午前中に確認を終えた十二件の報告書、並びに八件の提案書は全て一番隊に提出して参りました。また、二番隊から開発要求書を受け取って参りました。五番隊隊長からは、先日、貸し出しました書物の返却がありました」 「……たったそれだけのことにこれだけ時間を掛けたのかネ。全くお前は薄鈍ダネ」 「申し訳ありません、マユリ様」 「十斑の報告が出てきているヨ。さっさと片づけてしまえ。それと、この研究結果を夕方までにまとめておくのだヨ。開発斑と会議をするから、五部にまとめておけ。ほら、さっさとその要求書とやらを見せてごらんヨ」 「はい、マユリ様」 ネムはいくつかの書類をマユリの前に置き、研究データを受け取った。そして、傍らに抱えていた紙袋をマユリに差し出す。 「何だネ」 「先程、八番隊副隊長から頂きました。桜が咲いております。お茶菓子にいかがでしょうか」 「くだらないネ」 紙袋の中身を一瞥して、マユリが鋭い目をしてネムを睨んだ。 「余分な糖分を取らずとも脳味噌は働いているし、桜なんか見ても何の益もないヨ。お前はどうしてそう、頭が悪いんだ」 「申し訳ありません、マユリ様」 「そんな風に作った覚えはないのだがネ」 「申し訳ありません、マユリ様」 ネムはわずかに目を伏せて、反省しているという動きをした。既にマユリはネムを見ることはなく、書類に目を落とし、そのままの体勢でマユリは紙袋をネムに突き返す。 「お前が受け取ってきたのだロ? さっさとお前が片づけるのだヨ」 「は、はい」 わずかながらに狼狽えたネムを見て、マユリの眉が吊り上がった。立ち上がると流れるような動作でネムの頬を叩く。ネムは勢いでふらついたが、それでも倒れることなく、すぐに体勢を元に戻した。 「どうしてそう飲み込みが遅いのカネ、この薄鈍」 「申し訳ありません、マユリ様」 みるみる赤くなる頬を押さえもせず、ネムは静かに頭を下げた。マユリは苛立ちを隠そうともせずに、書類を手にすると、扉へ向かう。 「マユリ様、どちらへ」 「二番隊だヨ。どうしてこれをこのままで受け取ってきたのだネ、この薄鈍が。こんな要求書では何もできないのだヨ」 乱暴に扉が閉められて、部屋にはネムが一人残された。ネムは、机に置き去りにされた紙袋を見て、扉の方を見た。 「……ありがとうございます、マユリ様」 小さく、ネムは呟いた。
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