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春・十番隊
「隊長、これを五番隊に届けてください」 「俺を使いっ走りにするんじゃねえ」 書類と紙袋を差し出す松本に、普段から皺の寄っている眉間に更に深く皺を刻み込んで、日番谷は言った。しかし松本は気にもとめず、それらを机の上に置く。 「こちらの書類は、どこかの隊長が忘れていらしたせいで五番隊に至急届けなければならないものですし、加えて隊長と藍染隊長が直接お話しされた方がいい内容だと思いますけれども」 松本の、少し棘のある説明に日番谷は書類に目を通す。そして溜息をついた。 「確かに」 「というわけで、納得いただけたのでしたら、大至急、いってらっしゃいませ」 「…………はい」 素直に立ち上がる日番谷に、松本はふっと微笑む。日番谷は決して不真面目な隊長ではない。仕事は早いし的確だし、部下思いだ。一つや二つ、忘れることくらいは誰にでもある。ただ、重要書類だったから少し強く言っただけのことだった。 「で、この袋は何なんだ」 「桜餅ですよ」 「何でそんなものを持っていくんだ」 「遅れたお詫びに」 「……」 黙り込んだ日番谷に、松本は流れるような説明を始める。 「今一番人気の和菓子屋『竜月庵』の新作です。甘すぎない滑らかな餡と柔らかな餅で女性を中心に大人気なんです。買うの、大変なんですよ。昼休みに並んできたんですけど、お昼食べ損ねましたもん」 「そこまでしなくてもいいじゃねえか」 「雛森が楽しみにしていたので」 「…………」 「お詫びに持っていくからねと言ったら、買い損ねていたらしくて、彼女、すごく喜んでいましたよ。お茶を準備して待ってますって言ってました。だから、早く行って下さい」 「……渡すだけだ」 仏頂面で執務室を日番谷が出ていった後、堪えていた笑いを声に出して松本はしばらく笑っていた。忙しい隊長職。加えて立場の違い。こんなことでもしてやらなければ、なかなか一緒にお茶も出来ないだろう。 ひとしきり笑った後で、もう一組の幼なじみ同士を思い出す。乱菊は目を伏せた。立場は日番谷達と同じなのに、自分達はここまで違う。乱菊は眼を閉じて、遠くなった過去を瞼の裏に映し出す。 それでも、構わないとあのときに自分は思った。 乱菊は自分の分の桜餅を取り出した。自分用に買ったものを一つ残して全て吉良に渡したのだ。市丸はこういうものが好きだから、多分、喜んで食べるだろう。それを喜ぼう。それでいいじゃないかと思う。 他の隊員達に渡すために紙袋を持って、乱菊は執務室を出ていった。
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