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春・九番隊

「……以上で、本日の報告書は終了です」
 朗読を終えて、檜佐木は一礼した。目の前の大きな机に両肘をつき、口元に合わせた両手の指先を寄せてじっと檜佐木の朗読を聞いていた東仙だったが、檜佐木の言葉に顔を上げ、微笑んだ。
「ありがとう、ご苦労だった。喉が疲れたろう、お茶にしなさい」
 盲目の隊長は、いつも檜佐木の朗読した書類内容を全て覚えて仕事を片づけていく。覚える方が大変なのではないだろうかと檜佐木はいつも思うのだが、東仙は静かに微笑んで、いつもお礼を言って労をねぎらうのだった。
 茶を煎れようと檜佐木が執務室の扉を開けると、三席が既に準備をして待ち構えていた。
「おう、ありがとよ……これ、何?」
「午前中に、副隊長が大前田副隊長から頂いたと持ってこられた紙包みの中身ですよ。ご存じじゃなかったんですか」
「んにゃ……あの人がこんな可愛いもん、買うと思えねえもん」
 檜佐木は、紙包みを放り投げて寄越す大前田を思いだした。たまには雅なモンを隊長に準備してやれよてめえも。確認事項があって二番隊を訪れた檜佐木に、大前田はそう言って引き出しから紙包みを取り出したのだ。あんたが雅っつうても違和感ありまくりだよ、とは口にしなかったが、檜佐木は礼を述べただけで中身は確認していなかったのだ。なるほど、確かに雅だ。
 受け取った盆を持って、檜佐木は東仙の方へ向かう。机上に順番通りに並べられた書類に確認印を正確に押していた東仙は、顔を上げて、
「なんだか良い香りだね」
と言った。檜佐木は素直に驚く。
「香るんですか、これ」
「宇治茶の香りに紛れて幽かだけど、甘い匂いがするよ。それはなんだい」
「道明寺ですね。今日、大前田さんに貰ったんです」
「へえ。とても上品な香りだけど。彼は目利きだね」
 東仙が書類を片づけた空間に、檜佐木は音がするように皿を置く。茶托に湯飲みを乗せて、それも机上に置くと、東仙は的確に手を伸ばして湯飲みを手に取った。
「桜が咲いたようだから、ちょうど良いね。道明寺とは、桜色をした菓子なのだろう。そう聞いているよ」
「そうですね。桜色をしています」
「きっと、桜の気配と同様に、儚げな色なのだろうね」
 色を知らない東仙は、見えない眼を閉じて微笑んで呟いた。その様子を檜佐木は黙って見つめる。盲目でありながら隊長職まで昇りつめたこの人は、憂いと儚さがとてもよく似合う。この姿のどこに、隊長となるその気迫と気概があるのだろう。檜佐木はいつも不思議に思う。強さの源は、この人の場合、一体何なのだろうか。
「どうしたんだい。お茶が冷めるよ」
 東仙に静かに声をかけられて、檜佐木は慌てて自分の湯飲みを手に取った。





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