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春・六番隊
ルキアは席官が集う仕事部屋を頭を下げつつ通り過ぎると、六番隊執務室の扉をノックした。 「兄様」 「入れ」 静かな兄の声に、ルキアは息を吸い込み、そっと吐き出す。そして視線を前に向けると、扉を開けた。 「失礼致します」 部屋の奥、大きな窓の手前に置かれた机に、春の柔らかな光を背にして白哉はいた。影になっていて表情はよく見えないが、いつも通りの、感情の読めない顔なのだろうとルキアは思う。 「お申し付け通りに、お菓子を買って参りました。ちゃんと昼休みに行って参りましたので、十三番隊の職務に差し障りはございません」 「うむ」 言葉少なに白哉は頷いて、ルキアから紙袋を受け取る。それを開けると、中には二つの紙包みが入っていた。その一つを白哉は取り出した。 「……緋真様に、ですよね」 ルキアは兄を見上げて、呟くように尋ねた。白哉がルキアを一瞥し、頷く。 「桜がお好きだったと聞いております。とても綺麗な桜色の菓子があったので、それを買って参りましたが……兄様のお言葉通りの量を買って参りましたが、お供えにはかなり多いのではないかと……」 心配そうに上目遣いで自分を見上げるルキアに、白哉は表情を変えず、 「いや、これでいい」 と言った。そして残りの紙包みが入った袋をルキアに戻す。 「こちらの包みは十三番隊の皆で分け合え」 紙袋を両手で抱えるように持ち、ルキアは大きな目を見開いた。二三度、瞬きをして白哉を見つめるが、白哉の表情は普段と変わらない。淡々とした口調で一言、 「昼休みが終わる。早急に職務に戻れ」 と告げられ、ルキアは弾かれたように姿勢を正した。 「はい、兄様。失礼致します」 一礼して、背筋を伸ばしたまま扉へ向かう。その背に、白哉が声をかけた。 「ルキア」 「はい」 振り返ると、白哉は窓の外を見つめていた。 「桜が咲き始めると、緋真はよく病床から体を起こして眺めていた。……緋真が喜ぶだろう。礼を言う」 この部屋に入って初めて、ルキアは微笑んだ。 「はい……失礼致します。お菓子をありとうございました」 扉の閉まる音がした。白哉は窓の外の、桜の花に呟く。お前の妹がお前のために選んだ菓子だ。 淡いあわい色の花びらが、風に揺れた。
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