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春・五番隊
副隊長・雛森は歌を口ずさみながら隊舎を歩いていた。手には大量の書類があったが、軽やかな足取りで廊下をゆく。 背後で笑い声がした。 「御機嫌だね、雛森君」 振り返るとそこには優しげな微笑みの藍染が立っている。雛森は零れるように笑った。 「藍染隊長。また気配を消されて。もう、恥ずかしいじゃないですか」 「なぜ。春めいた陽気にぴったりの歌じゃないか」 「音痴なんですよう」 「そんなことないよ」 藍染は微笑みを崩さぬまま、雛森の横に並ぶと書類を手に取った。 「半分持つよ」 「あ、隊長にそんなことさせるわけにはいきません」 「構わないさ。出来る人間が出来ることをするのは当たり前だろう?」 高い位置にある藍染の微笑みを見上げて、雛森は尊敬で胸が熱くなる。この隊長についていこう。どこまでもついていこう。こういうとき、雛森はいつもそう心に誓う。 「それにしても、どうしてそんなに御機嫌なのかな」 藍染は下に顔を向けて、訊いた。雛森は照れくさそうに赤くなって笑う。 「後で、乱菊さんがお菓子を持ってきて下さるんですよ」 「お菓子」 「はい。今、すっごく人気ですぐに売り切れちゃうんです。乱菊さんが、お詫びに持っていくよって、さっき言ってくれて。ほら、なかなか届かなかった重要案件の書類があるじゃないですか」 「……ああ。どこで滞ってるのかと思ったら、犯人は日番谷君か」 「だから、書類が届いたらお茶にしましょうね。隊長」 中庭に面した廊下にさしかかった。そこで柔らかな風が吹き、桜が舞い散る。 空気が桜色に染まった。 「春だね」 「春ですね」 二人は顔を見合わせて、笑った。
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