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春・三番隊
「隊長はいらっしゃいませんか」 四席が執務室に駆け込んできた。 「隊長はおいででしょうか」 七席が執務室に駆け込んできた。 「隊長は」 「いらっしゃらないんだよどこにも」 駆け込んできた三席に吉良が溜息共に告げる。執務室には待ちぼうけの四席と七席が書類を持って立っている。吉良も立ち上がり、けれど机に両手をついてまた溜息をついた。 「朝はいらしてたんだ。朝は。なのにちょっと所用で出ていったら、もうどこかに行ってしまわれて」 五番隊への用事に浮かれて、なんの注意も払わずにいた自分がバカだったのだろうか。吉良は自問する。毎日のように繰り広げられる隊長捜索にもそろそろいやになってきた。どうしてあの隊長は、仕事は早いくせに後へ後へと遅らせてしまうのだろう。 吉良の溜息に釣られたように、三人も溜息をついた。それぞれの手には隊長の確認が必要な書類が束になって握られている。そこへ五席が駆け込んできて、 「隊長はいらっしゃいませんか」 と言うものだから、吉良と三人は脱力した。 「何の用事」 「隊員達の稽古に付き合ってくださると仰っていたのですが、いつまでもいらっしゃらないので」 「ああそれちょいと窓から覗いたら、まだボクが相手したらぼろぼろにしそうやってな」 急に市丸の声が聞こえて五人は飛び上がり、振り返ると窓の枠に市丸が腰掛けていた。 「市丸隊長っ! ここは三階ですっていうか何窓から出入りしてるんですか!」 「まあ固いこと言わんとていてや。で、なに顔付き合わせてるんや」 「隊長がいらっしゃらないから仕事が溜まってるんですよ!」 皆を代表して吉良が叫ぶように嘆く。市丸はいつものように何を考えているのか掴みにくい笑みを浮かべて、吉良の訴えを流している。 「まあちゃんと戻ってきたんやし、そんな怒らんでもええやん。怒ると眉間に皺寄るで。ほな、書類、大事な順に並べて見せ。稽古は五席、君で十分やから、つけてやり。終わったらどんなもんか出来をボクに報告し。あと誰かお茶くれんかな」 「はい」 「お茶! 誰かお茶!」 急に指示を出し始めた市丸に、皆一斉に返事をし、逃さないように一人がお茶を淹れに急いで出ていった。吉良は少し言い足りなかったものの、市丸にやる気のある間に仕事を済ませてしまおうと急いで書類を並べ替える。 「お茶です」 末席がお盆を持ってきて、市丸の机に湯飲みとお茶請けの乗った皿を置く。 「なんや、この桜餅」 「あ。それ、先程、こちらにいらした松本さんに頂いたんですよ」 「……」 「大人気のお店の新作だそうですよ」 顔も上げずに、吉良は先程の松本の説明を思い出して告げる。書類を届けに来た松本は、隊長がいないのだと嘆く吉良に苦笑いをして、沢山買ったからと、持っていた紙袋から分けてくれたのだ。 「……美味しそうなお菓子もあるんやし、なら今日は真面目にやろかねえ」 市丸の呟いた言葉を聞いて、吉良は心から松本に感謝した。今日中に仕事を進めてしまおう。そう心に誓って慌てて書類を取り出す吉良には、桜餅をじっと眺める市丸の表情は見えていなかった。
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