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春・一番隊
山本総隊長は、隊舎の中庭に出ている縁側に座り、桜を眺めていた。自分より遙かに若いこの細い桜は、暖かくなってきた空に枝を伸ばし、先々にあるほのかに色づいた蕾を綻ばせ始めていた。この、数十年しか生きていない桜は何を思い花を咲かせているのだろうか。 世界は数千年の時を経ている。この爛熟した世界。 このままでいられるのか。そんなものがこの世界にあるのだろうか。 長い長い時をこの世界と共に過ごした山本総隊長は、桜に問う。 散らない花はあるのだろうか。 「総隊長」 呼ばれて振り返ると、副隊長が盆を持っている。 「休憩ですか」 「うむ……桜が咲き綻んでいるからの」 「では、こちらを」 脇に置かれた盆を見ると、湯飲みと桜色の餅がある。 「最近話題の和菓子屋で発売された道明寺という桜餅だそうです。お茶請けに、どうぞ」 「珍しいのう。流行りに乗るとは」 「隊の女性隊員が、是非総隊長にと買ってきたようです」 「ほ。ならば頂くとするかの」 山本総隊長はそのしわがれた手で皿を取る。副隊長は数歩分後ろに控えてそれを眺めている。彼は知っている。この老人の手が剣を握るとき、誰よりも熱く強くなることを。けれどそうはならないといい。そうなるときは。 血の流れるときだ。 陽射しに緩み、桜がほどけてまた一つ咲いた。
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