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12.キレイな愛じゃなくても
ギンが青墨や胡桃染の着物を持って帰ってきたとき、乱菊はまず顰め面をした。こんなもの、近隣で見たことはない。罠を仕掛けてくると言って出かけたのは数日前だ。どんな罠を仕掛けたのやら、と乱菊は溜息をつく。 「見てみぃ、乱菊。これ、お古なんやけどかわええやろ。乱菊によう似合うやろ思うて」 「盗ってきたの?」 乱菊の問いにギンは最初きょとんとし、その意味を理解してにやりと笑った。 「ちゃんとお代に十分足る程度の食べ物置いてきてん。買うてきたようなもんや。大丈夫や」 「ならどうしてあんた、腕に痣作ってるのよ」 「んー、ちょいボクの言い分とあちらさんの言い分が違うてなあ」 左腕の青黒い痣をちらりと見て、ギンはむしろ楽しそうに話す。 「でもボク、最初にちゃあんと値段聞いた。見合う分より多く食べ物置いてきてん。なのに襲ってきよるからしゃあないやろ」 「どうせ忍び込んだんでしょ」 「そら当たり前や。正面から行っても入れてもくれん」 胸を張って言い切るギンを見て、乱菊は溜息をつく。忍び込んだのは西の大路沿いにある町内の店だろう。 あの場所は色々な意味で力のある者が牛耳っていて、現世でなにかの技術を持っていた人間が集められて、わずかながら生活用品の生産が行われているし、それらの店もある。多くは支配する人間を満足させるだけのものだが、それでも少しずつ物は流出し、それがこの地区に生きる人間達の生活を助ける道具となった。この地区でお金が動くのはあれらの町くらいだ。 自分達と同じような弱者から盗ってこないだけマシとも考えられるし、お代に相当するだけの物を置いてきているから買ったんだ、という言い分もありはありかもしれない。しかし、忍び込んで無理矢理物々交換をしている時点で微妙だ。 眉をひそめたままの乱菊を、ギンが横から覗き込む。 「怒っとる?」 「そんなことあるわけないでしょ」 「こうでもしぃひんと、着物なんぞ手に入らんよ。もう寒うなるし」 「分かってる」 乱菊は自分の着ている着物を見る。袖や裾はほつれ、所々穴が開いている。何十カ所も当て布をして繕ってはいるし、洗っているから清潔ではあるが、落ちない染みもあるし、ひどく擦り切れて薄いから寒い。何より、ここ数年で乱菊の身長が伸び、手足がはみ出していた。ギンも同じようなもので、細長い手足が寒々しい。こうなると普段は人のいなくなった集落から探し出したりしていたが、最近は強盗の集団が多くて、ひっそりと森の奥で暮らしていた。仕方なく手足を出したまま着ていて、先日、乱菊は風邪を引いた。 擦り切れた裾を指でいじりながら乱菊は考える。もし風邪を引いたのがギンだったら、自分はどうしようと思っただろう。これまでの自分達を思い返し、乱菊は納得して、そして顔を上げた。ギンはじっと乱菊の反応を窺っている。その真面目な顔に乱菊は切なくなって、誤魔化すように笑う。 「ご苦労様、ギン。ありがと……嬉しい」 ギンが雲が晴れたように笑った。そして胡桃染の無地の着物を手に取る。 「なあなあ、乱菊、着てみてくれへん。花街のお姉さん着てはるようなええもんやのうけど、でもかわええやろ」 嬉しげにギンはそれを乱菊の肩に掛け、満足そうに頷くとそのまま抱きしめた。乱菊はギンの背中に腕を廻す。ギンは走って帰ってきたのだろう。汗のにおいがした。それはギンが生きて活動しているということで、乱菊は安心する。どんなに手を汚そうとも、どんなに美しくはない行為をしたとしても、この安堵を手放すことはしないだろうと思う。 「ギン」 腕の中で乱菊は呼んだ。ギンが小さく答える。 「本当にありがと……あたしも、生きていくためならどんなことでもするけど、だから」 あたしの見ていないところで酷い怪我だけはしないで 小さく囁かれ、ギンは少しの間黙り込み、乱菊の髪に顔を埋めて息を吐いた。熱い息が乱菊の頭皮をくすぐる。 「わかっとる。ボクもそう思うとる」 ギンは乱菊の額に頬ずりをした。
すごく言い訳じみてしまうのですが。 祭に参加した話の一つでもギンは盗みを働いています。その描写でも同じように等価の物を置いてきた、としたのですが、その説明が不完全で、慌ててこの話を書きました。盗んでいることには違わないだろうけど、一応気を遣っていますよ、という言い訳じみた話です。 現代日本に生きる私達の感覚としては盗みでも、ギン達がおかれた環境だと、もう四の五の言ってられない、ということもあるかと思います。特に日常的な生活用品ですら手に入りにくい環境だろうと設定しているこのサイトにおいては、着物も何も貴重品だろうと思います。盗んででも手に入れなければ、手に入らない品物も多いのではないでしょうか。相手に申し訳ないとは思うでしょうが、その危険を冒してくれたことに感謝をすると思います。そうしないと生きていけないと思うのです。
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