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11. 冷たい頬

 乱菊は長いこと扉の前に座り込んでいた。
 曇天は今にも落ちてきそうに暗く重く、身を切るような風が色のない草原を吹き抜ける。泣いているかのような音が枯れ落ちた木々の枝をすり抜けて響き渡り、風が泣けない自分の代わりをしてくれているように乱菊は思う。
 何も言わずにギンが出ていくようになってから数回目の冬。
 ギンの不在にまだ乱菊は慣れていなかった。

 昨日、ギンは食料を探してくると言い残して出ていった。こういうときは必ず帰ってくる、ということを、ようやく乱菊が把握した頃だった。それは本当にようやく、という頃合いで、だからまだ乱菊は自分の考えに自信がもてない。言い残したからといって、本当にギンが帰ってくるのか。ギンが家を出て丸一日が経過し、籠作りも繕い物も掃除も水汲みも終えて、乱菊は耐えきれなくなった。小屋の中にいると、ギンの不在が大きすぎて潰されそうになる。乱菊はわずかな衣にくるまって扉の前に座り込んだ。

 風の音は室内で聞いていると不安を掻き立てるけれど、外で聞いていると不安を紛らわしてくれる。ぼんやりと意識を風に乗せて、ただ曇天を眺めていると、風の中にちらちらと白いものが混じるのが見えた。
 雪が降り始めた。
 軽い軽いそれは冷え切った風に舞い、生き物のように周囲に散る。上を見上げると虫のように見える白の粒が大量にぐるぐると踊っている。遠慮もなく躊躇もなくそれらは乱菊の髪に肩に頬に脚に降りてきて、体温にゆるりと溶け、その上にさらに降りてくる。
「ここままこうしていたら、埋まっちゃうかしら」
 独り言ちて、乱菊はひっそりと笑う。自分が見えなくなったら、帰ってきたギンは慌てるだろうか。探すだろうか。それとも、何とも思わずにそのままだろうか。自分の考えのくだらなさに、乱菊は笑みを浮かべたまま溜息をついた。
 試すようなことを、するつもりはなかった。試してわざわざ安心を得なくても、自分はわかっていることを、乱菊は知っていたから。


 降りしきる雪が薄く大地を覆い始め、厚い雲の向こうで日が沈む頃、遠い地平線に銀髪が光るのを乱菊は見つけた。
 ギンは走っているらしく、影はどんどん大きくなり、やがて表情が見えるようになり、その笑顔に乱菊は脱力した。脳天気に嬉しげに笑っているギンを待ちながら、乱菊は、言ってやろうと考えていた文句を忘れていた。
「乱菊、待っててくれたんか」
 荒い息は白く、ギンは上気した頬で言った。乱菊は立ち上がり、一応、頬を膨らませる。
「遅いのよ。朝になっても帰ってこなければ、心配くらいするわよ」
「堪忍してな。なかなか見つからなかったんよ。でもほれ、しばらく楽になるで」
 ギンは背負っていたずだ袋を下ろすと袋の口を開けた。大量に詰め込まれた泥まみれの芋が見える。
「ご苦労様、ギン……おかえり」
「……ただいま」
 乱菊が微笑むと、ギンは丁寧な仕草で乱菊の髪を撫で、頬に触れた。
「冷とうなっとるわ。乱菊、ずっと外におったん?」
「ちょっとだけよ」
「寒かったやろ」
 ギンが抱きしめるようにして乱菊を引き寄せ、自分の頬を乱菊のそれに寄せる。乱菊はくすぐったくて、笑った。
「あんたも冷たくなってるわよ」
「なして? ボク、走ってきてん。熱うなっとるよ」
「自分だからそう感じるんでしょ」
 お互いに冷えた頬を寄せ合って笑っていると、あれほどまで悲痛な泣き声をたてていた風の音はただの音になっていった。

 二人は笑いながら小屋の中に入り、立て付けの悪い戸を閉めた。すぐに隙間から炎の明かりがもれて、降り積もる雪をゆらゆらと照らした。







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