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6.Call my name
ここはとても殺風景だとギンは思う。空とも何ともつかぬ暗いものが広がる頭上。岩のような部屋。重く湿った気配。生を終えてなお何かにしがみついていた者の集合体である虚達が醸し出すものが暗く重く漂っている。 これからのことを話し合う時以外は、それぞれ勝手気ままにしている。そういうとき、ギンは集団から離れて一人でいられる場所に行くことにしていた。藍染の顔も東仙の顔も見ていたくはない。彼らはあまりに馴染みすぎていて、どうしてその背景がこんなに荒んだ生の気配のない場所なのだろうと、もう少し具体的に言うと、何故、ここが瀞霊廷ではないのだろうかとふと思ってしまう。そしてふとしたときに、あの山吹色を探してしまう自分に気づいてしまうから、せめて人にそのときの顔を見られないように一人でいるしかない。 こんなときの自分は酷く情けない顔をしているとギンは思う。ここには鏡もないし、それを苦笑いを浮かべて言ってくれる彼の人もいないから確かめようもないけれど。
「市丸」 東仙は低い静かな声でギンを呼ぶ。 ギンはただ笑って振り返る。 「どうしたのかな、市丸。少しぼんやりとしているようだよ」 気配を読む東仙はそう言ってギンを見て微笑む。ギンは気を引き締めて笑みを深める。 「退屈しとるだけですわ。まだ研究中やさかい、何もすることあらへんし」 「ああ、そうだね。我々は手伝いくらいしかできないしね」 ギンの返事に東仙は頷いて、遠くを見やるような表情で前に顔を向けた。その方向では藍染が崩玉の研究をしている。 「それに」 独り言のようにギンは呟く。 「ここは荒んどってつまらんわ」 東仙が口元に笑みを浮かべた。 「私には見えないけれど、確かに瑞々しい気配がどこにもないね。でも、しばらくの辛抱だよ、市丸。我々が世界をかえたときには、正しい在り方で生命が溢れかえるよ」 ギンは何も答えずに、東仙の方を見て微笑んでみせた。その気配を感じて、東仙もギンを見やって、笑う。
「ギン」 何も感情を含まない、しかし優しげな声で藍染はギンを呼ぶ。 ギンはただ笑うだけだ。 「どうしたんだい、ギン。退屈にも飽きたのか」 藍染が以前よりも本性を覗かせた眼をしてギンに微笑んだ。 「いややなあ。ボクは暇な方がええくらいですわ」 眼にも口元にもただ笑みを浮かべて、ギンは軽く軽く言い放つ。言ってしまえば、それが本当に近くなることをギンはよく知っている。 「ただ殺風景やなあ思うて」 「ギンが風雅を愛するとは知らなかったね」 「ボクは風流人ですわ。ひどいわあ」 「お前はここが男ばかりで嫌なのだろう」 「まあそれもありますけど、贅沢言えへんし」 「東仙も、男ばかりと女性がいるのとでは何か違うかい」 藍染の向こうで黙っていた東仙が顔を上げる。 「女性は気配そのものが華やかで柔らかですからね……まあ、男ばかりよりは雰囲気はいいでしょうね」 藍染が口元だけに笑みを浮かべた。 「そうか……誰か連れてくればよかったね。雛森君を殺さなければよかったかな」 「いややなあ」 ギンは静かに呟く。 「こんな場所に女の子おっても似合いませんわ」 山吹色の彼の人がこんな場所にいたら。そう想像するだけでギンは胸の奥がきゅうと痛む。 「まあ、それもそうだね」 藍染は冷たい眼で微笑んだ。
ここには何もないとギンは思う。現世での生を終えた世界である尸魂界も死の世界ではない。死の世界など、厳密には存在していないのではないか、と時々考える。そしてそれに最も近い存在は、この虚の世界ではないだろうか。 藍染が研究の進行状況を説明した後、ギンは一人離れて温い風の吹く岩場に佇んでいた。ここならば誰にも何も聞こえない。ここならば誰にも何も届かない。ギンは岩に腰を掛けると、両膝に肘をついて支えるように頭を抱える。 「乱菊」 小さな、小さな声で呼ぶ。 「乱菊」 口から零れ出るその呼び声だけは、この場所で微かに輝いているようにギンは思う。 「乱菊」 返事はない。 彼女の気配もない。 ただ風だけがその名を聞き、吹きすさぶ音で掻き消していく。 「乱菊」 もうこの呼び声に答えてくれることはないだろうけれど。 もう振り返って微笑んで自分の名を呼んではくれないだろうけれど。 「乱菊」 ギンは小さく小さく呼び続ける。
どんな世界なのかは知りませんが、まあ原作のお部屋を見る限りでは殺風景だろうなあと。この光景は皆様よく書かれているのでどうしようか迷いましたが、でも書きたいし、と勢いでアップしてしまいます。
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