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5.幼なじみ
食料と肉体労働を交換ということにして、農家の男は、瀞霊廷への旅の途中だという少年と少女に託すことにした。労働は、暴れて森の中に逃げてしまった数頭の牛を確保すること。昨日の夕方、いきなり脱走し、一家総出で追いかけたのだがことごとく逃げられた。牛の脚は速いし、力は強い。次の日の、つまり今日の昼、何か仕事をするから食料をくれと言ってきた少年達は、年頃にしては細く、いくら霊力があるといっても、男は実はあまり期待してはいなかった。 だから、日も暮れた頃に、少年と少女がそれぞれ綱を引いて全ての脱走牛を連れてきたのを見て、男は顎が外れそうなくらいに口を開けていた。 「ど、どうやったんだい」 口籠もって訊く男に、少年は何事もなかったかのようにさらりと言った。 「ただ単に、牛を脅しただけや」 「それじゃあ説明になっていないでしょ」 脇で少女が少年の横腹を肘で小突いている。そしてこちらを向くと、その大きな眼で見上げて微笑んだ。 「ほら、動物って敵わない相手とわかるとたいていが言うことを聞いてくれるので、それでおとなしくなってもらって、連れてきました」 「そんなに君らは強いのか」 食料が必要な代わりに霊力だとかいう力を持つ種類の人間がいるということは男は知っている。彼らに売るための食料を作っているのだから、当然だ。ただ、動物を従わせる程の力というのは見当も付かない。男は少年少女をしみじみと見つめた。少年も少女も珍しい色の髪をしていて、揃って細い。少年はさすがに背が少女より高いが、それでもまだ体は大人になり切れていないようだ。 不躾に見ていたようで、少年が無表情で少女を背中に隠すと、そのままの顔でにやりと笑った。 「よう出来たやろ。何くれるんや」 「あ、ああ、ウチで作っている野菜とか、干し肉をやるよ。あと、もう日も沈んだから納屋で良かったら泊めようか」 「ホンマ?」 ようやく少年が年頃の顔で笑った。その背中で少女も嬉しげにこちらを見上げる。 「でも悪いけど、納屋には干し草しかないが、構わないかい」 「十分です。ありがとう、ずっと野宿だったから、嬉しい」
少年達を納屋へ案内し、とりあえず今夜の分の食料を置いた盆を渡すと、二人は歓声を上げて覗き込んだ。 「肉や、久々の肉や」 「あんたお肉ばっかり食べるんじゃないわよ」 「わかっとるって」 「あ、あんたの嫌いな青菜がある」 「それ乱菊にやるわ」 「はあ? あんた好き嫌いしてると大きくなれないわよ」 「もう乱菊よか大きゅうなったわ。あらどうしなはったんですか乱菊、こんなかわいらしい大きさなってしもうて」 「うっるさいわね! あんたが勝手にタケノコみたいににょきにょき伸びただけでしょ」 「タケノコてなんやねん。ボクもうちょい逞しいわ」 「ど・こ・が」 男はしばらくあっけに取られていたが、おずおずと、 「君らは、兄弟、というわけではないのかな」 と尋ねると、二人揃って振り向いて、眉をひそめた。 「こんな男とは血の一滴も繋がってないです」 「えらい言い草しよるなあ。ボクやって真っ平御免や困るわ」 「なんですって。どういうことよ」 「……何でもあらへん」 「言いなさい!」 二人のやりとりを眺めていた男は、ああと合点がいった。家族というか何というか、とりあえずまだ幼なじみというところなのだろう。流魂街では他人同士で共同体を作って暮らす。この二人はずっと一緒に暮らしてきて、一緒に旅しているのだろう。 微笑ましいものだ。男は微笑を浮かべた。 「……まあごゆっくり。明日の朝、保存食をあげるよ」 そう言って男は、仲良く言い争いをしている二人をおいて、納屋から出ていった。
こちらは、長編二番目の話と繋がっています。二人が死神になるための旅路の途中です。
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