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3. 差しのべられた、手
その手は決して大きいものではなかった。 子供にしては指の長い、骨張った、小さな手だった。その手が乱菊に差しのべられ、乱菊はその手をとった。その手が乱菊に生きる術を与えた。その手が乱菊を全てから守った。その手が乱菊を包み込んだ。 そうして二人で生きてきた。
「ギン、ちょっと手を合わせて」 眠れない夜を持て余していた乱菊は、隣で横になっているギンに呼びかけた。背中を向けていたギンが、ごろりと転がってこちらを向いた。 基本的にギンは、乱菊が眠るまで眠らない。以前、乱菊が気にせずに眠ってほしいと訴えたときには、眠らないんやのうて眠れないんや、と笑ってギンは言った。それ以来、乱菊は早寝になった。 それでも寝付けない夜もある。 こちらを向いたギンに、乱菊は右手を向けて、 「ほら、あんたも手を出して」 と言った。 「なんやねん」 のろのろとギンが左手を出すと、乱菊は掌を合わせて、溜息をついた。 「またギンが大きくなってる」 「そらそうや。ボクかて成長期あるで」 「昔は同じくらいだったのに、今じゃ背も手もギンの方が大きくなっちゃった」 「なんや、イヤそうやん」 少し不満げに笑うギンに、そういうわけじゃないけど、と呟いて、乱菊は自分の掌を見つめる。その手は細く、指は長い。それはギンと似ていたけれど、乱菊の手はギンと違って華奢だ。ギンの片手を包むのに、乱菊は両手を使う。 ギンならば、片手で包めるのに。 乱菊は二回目の溜息をついた。 「あたしも男ならよかった」 「なに阿呆言うてんの」 ギンが即座に切り捨てる。 「乱菊が男やったら、ボク、イヤやわ」 「でも、あたしが男ならもっと楽だったのよ、ギンは」 「そんなことあらへん」 まだ前に延ばされていた乱菊の手を、ギンがそっと包んだ。 「楽とかキツイとか、そんなこと関係あらへんよ」 「……でも、背が負けたのは悔しい」 俯いてそう言ったのは、照れ隠しだ。乱菊は、自分が甘えたことに照れていた。そんな乱菊を見てかすかに微笑み、ギンは少し身を寄せると、乱菊の手を握ったまま、額をその手につける。 「乱菊もまだまだ伸びてるやないか。大きゅうなるで」
自分の手の中にある乱菊の手は、華奢で、柔らかい。ギンは壊れないようにそっと包み込む。 この手がギンの手をとったから、ギンはこうして生きていた。この手がギンに触れるから、ギンは生きている感覚を得られた。 そのことをギンは乱菊には言わない。ただ触れているだけだ。
「でも、ギンがタケノコみたいに伸びるんだもの」 乱菊は、目の前のギンの頭に、額をつけた。少し振動が伝わり、ギンが笑っていることがわかる。 「タケノコて、ずいぶん細長くなりそうやね、ボク」 「あんたが筋肉ムキムキなのは想像できないわ」 そう言って、乱菊もまた笑った。
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