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2.すれ違い

 十数日ぶりに帰ってきたギンは、変な声をしていた。声を出しにくいためにしょちゅう咳き込み、そのせいか、かすれた高い声をしている。
「風邪でもひいたのかな」
 乱菊が眉をひそめて咳き込むギンを覗き込む。ギンは奇妙な顔をして首を傾げた。
「でも、頭も、痛うな、いし、熱も出と、らんし。なんやろ、なあ」
「そうねえ」
 ギンの額に自分の額を付けて熱を計っていた乱菊もまた、不思議そうに頷く。
「好き勝手にしてるからよ」
「酷いわあ」
 乱菊の言葉にギンは苦笑いを浮かべ、そして軽く咳き込んだ。
「喉でも、痛めたんや、ないの。単に」
 その話はそれで終わった。
 それが数日前のこと。

 今もまだ、ギンの声は嗄れたままだ。乱菊はさすがに心配し、近所の集落の、ときどき世話になる老婆に診てもらおうと提案した。
「あのおばあさん、色々詳しいもの。ねえったら」
「問題あらへん、て、言うとるやないの」
 出しにくそうに喉を押さえながらギンが言うが、乱菊は譲らない。
「何かあったらどうするのよ。さっさと歩きなさいよ」
 そう言って乱菊は幾つかの果実をまとめて持つと、渋るギンを引きずるようにして老婆のもとへ向かう。老婆は集落では長老として大事にされている。擦れ違う人に会釈をしつつ、二人は一番奥にある小屋に行き、開かれた入り口から中を覗き込んだ。
「……おばあさん、いますか」
「ん、ああ。森の嬢ちゃんじゃないか。どうした」
 小屋の中は薄暗く、老いた人の、その老いのにおいが微かに漂っている。老婆は置物のようにそこにいた。乱菊はお辞儀をして中に入る。その後ろからギンが続いた。
「ギンの調子がおかしいんです」
「調子、は、悪うないて」
 言い返すギンを見て、老婆は引っかかるような高い声で笑う。
「ずいぶん喉が嗄れておるの」
 老婆の言葉に乱菊は、ほらごらんと言わんばかりにギンを睨んだ。ギンは首を竦める。老婆はギンの傍によると、枯れ枝のような指で触れた。
「熱は、ないな。ちょっと眼を見せてごらん……喉は……」
 ギンのあちらこちらを診ていた老婆は少し首を傾げると、ギンを立たせて一回転させる。そしてまじまじと観察するかのように眺めると、笑った。
「ああ、なんてことない。病でも何でもないよ」
 乱菊は安堵して笑みを浮かべる。
「この声はどうしてなんでしょう。ギン、あんた変な物食べたりした?」
 ギンが呆れたように無理して声を出す。
「どうして、そないなコ、ト、言うんやろうねえ、この子は。ボクがするは、ずないやないの。君やあるまい、し」
「何ですって」
 眉尻を上げた乱菊を老婆が笑って止めた。
「違う違う。そういうことじゃないよ。坊やも気づいていなかったのかもしれんが。嬢ちゃん、坊やの顎の下を見てごらん」
 老婆に言われ、乱菊はギンを座らせると顎の下を覗き込んだ。ギンも首を傾げつつ、顎の下に手を伸ばす。
「あれ、それ、何」
 乱菊は目を丸く見開いた。ギンも指の感触に声を上げる。
「……これ、髭、やない、の?」
 顎に数本、短いが確かに硬そうな毛が生えていた。
 老婆は笑って頷く。
「そう。坊やが大きくなっているだけのことさね。声はしばらくすると低くなるよ。嗄れも治るから安心おし」
「ほな、ボク大人に、なっとるというこ、と、やね。これから、どんどん背ぇ伸び、るんやろか」
 ギンの嬉しげな声に老婆は頷き、それを見てギンは笑顔を見せた。そして横を向くと、そこで乱菊は固まったように動かずにギンを見上げている。
「どうし、たん? 乱菊? ボク、もっと強うなるんよ」
 嬉しげに言ってギンは乱菊の顔を覗き込む。乱菊は息を吸い込み、そして、
「……やだあ」
と、溜息のように呟いた。ギンが眉間に皺を寄せる。
「なんやて」
 乱菊が両頬に手を当てて駄々をこねるように体を振った。
「嫌。最悪。どうしよう。ギンがむっさい男になっちゃったら。今はこんなに可愛いのに」
「かっ、可愛いて何やねんっ」
 言葉に反応してギンが嗄れた声を上げるが、無視して乱菊は考え込む。
「髭もじゃ毛むくじゃらで声が太いギン…………うわぁ。最初からなら良いけど、今が可愛い分、差が」
「可愛い言うなや! ……そう思うとったんや、乱菊ぅ」
 乱菊の横でギンががっくりと項垂れた。
「ええや、ないの。髭も、毛も野太い、声も、男らしゅうて、ええやないの」
「あら、別にあたし、そういう大人の男の人を嫌いってことじゃないのよ。単に、今のつるんとした肌がもったいないなあって」
「それ、誉め言葉や、ないで。君は、男の夢、を、分かっとらんわ」
「言っておくけど、ギン、あんたは髭とか毛むくじゃらとか日焼けした肌とか、そういう男らしいのって似合わないわよ。多分」
 それが駄目押しになったのか、ギンはぐらりと揺れると床にべったりと伏せた。ひどいわあなどと小さな嗄れた声で呟きながら、乱菊の膝の上に転がる。その頭を乱菊は軽くはたき、銀髪をかきまわすように撫でた。そして目の前でひとしきり面白そうに笑っていた老婆と目を合わせ、つられて笑う。







 えーと。言い訳です。
 ギンはですね、髭は薄い人だと思いますよ。希望をこめて申し上げますが。無精髭もどうかなあと思いますしね。数本しか生えなくて、しかもそれも銀色だから薄いんですよ。剃るとしばらく生えてこないし。多分、そうですそうですともだから怒らないで頂けると幸せですそうなんですごめんなさい。
 ちなみに乱菊さんは髭を嫌いじゃないと思いますよ。好きなんじゃないかと期待。腕も胸も脚もおっけーで。腹も全く無問題で。もちろん無くてもいいんですよ。ねえ。


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