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1.遠ざかる背中

 出ていく背中を見送ったことは、実はなかった。
 あの、寮に入った最初の夜が初めてで、それなのに窓から出ていくあの背中を見送りながら、既視感を覚えずにはいられなかった。
 多分、あたしは知っていたのだ。
 あの去りゆく背中を知っていたのだ。

 ずっとずっと昔から、ギンがあたしから去っていくことを知っていたのだ。



 外へ面した渡り廊下を歩いている時だった。
「おやあ、十番隊副隊長さんやないの」
「あら、市丸隊長じゃありませんか」
 突然の呼びかけに驚くことなく乱菊は振り返り、完璧な会釈をする。いつのまにか背後の欄干に腰を掛けていたギンは、ひらひらと右手を振って乱菊を呼び寄せた。わずかに苦笑を浮かべ、それでも乱菊は何も言わずにギンの傍へ歩み寄る。
「先日、更木隊長を緊縛して引きずっておられましたね」
「緊縛て、何やいやらしい響きやね」
「ならば捕縛とでも申しましょうか」
「更木はんを捕縛か、ええなあ、強そうやね、ボク」
 楽しそうに笑うギンに、少しばかり睨むような眼をして乱菊は言う。
「一緒になって、朽木隊長に色々となさったでしょう。いけませんよ。朽木隊長も心中は複雑でいらっしゃるんでしょうから」
 ギンは笑みを浮かべたまま、何も言わない。乱菊は溜息をついた。一瞬、お互い無言になり、廊下をゆく死神達のざわめきが耳に届く。乱菊の背後を慌ただしく下位の死神が走っていく。
 その足音が遠くなり、風が吹き込んだ。ギンの髪が乱菊の目の前で揺れる。
「……」
 ギンが何かを言いかけたかのように口を開いた。そのとき、ずっと先の曲がり角から人影が現れる。その途端、ギンはその開いた口元をすっと横に広げて笑みを形作った。
「仕事の邪魔してしもうたな。もうボク行くわ」
 乱菊はきれいな眉をわずかに顰める。しかし静かに礼をした。
「そんなことございません。それでは失礼致します」
 顔を上げると一瞬、乱菊とギンは瞳の奥を覗き込むように見つめ合い、次の瞬間にはギンが背を向けた。
「ほな、お仕事頑張ってえな」
 風に揺れるようにひらひらと手を振って、ギンはゆったりと廊下を歩いて去っていく。乱菊は微動だにせず、その背中を見送った。

 乱菊の中で、何か、小さい小さい、けれど嫌な塊ができていた。喉の奥につかえるような違和感が確かな存在でそこにあった。乱菊は喉に手をやる。遠ざかる背中に手を伸ばさなければならないような焦燥が不思議とあって、誤魔化すように乱菊はその手で頬を軽く叩いた。







 最初にある「寮に入った」云々は、長編二番目の話が元になっています。

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