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雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから 5
渡り廊下を五番隊隊舎に向かってギンは藍染と東仙と共にゆっくりと歩いていた。緊急の隊首会が終わり、他の隊長は控えていた副官とそれぞれの隊舎へ既に戻っている。三人はそれぞれの副官を先に帰らせていた。雛森は傍に控えていたい様子だったが、藍染は、 「合同訓練のことを具体的に詰めておきたいからね、三人でお茶でもしながら話し合いたいから、準備をしておいてくれるかな……そうだな、せっかく晴れているし、梔子が香るようになったから二の庭がいいな」 と微笑んだ。 「忙しい君にそこまでさせてしまって申し訳ないけれど、君のいれたお茶はとても美味しいんだ。いいかな? 頼んだよ、雛森君」 雛森は頬を染めて返事をすると、自動人形のように道化じみた、愛らしい動作で一礼し、くるりと背を向けて駆けていった。その小さな背をギンは薄く笑って見送った。可愛らしい、そう評する以外に何を思えるだろう。 雛森を先にやってから藍染はずっと黙り込んでいる。何やら考えているのか、視線は遠く一点に向けられて、ただ機械的に足を進めていた。 ギンも東仙も黙ってそれに付き従っている。この三人で、三人だけで話すことといったら、数百年前から一つしかない。ギンはどことなく疲れを感じて空を見上げた。屋根の向こうに広がる空は、少しずつ青を濃くしている。雲がくっきりと白く浮かんでいる。眩しさに手をかざし、ギンは退屈な溜息をついた。 そのとき、藍染が立ち止まった。 ギンも東仙も何も言わずに立ち止まる。目の前の藍染は肩を細かく震わせている。二人が顔を見合わせたところで、藍染は再び歩き出した。すぐ横の、中庭への階段を音もなく下りていき、初夏の陽射しがあふれる庭に入っていく。ギンは東仙ともう一度顔を見合わせ、藍染に続いて庭に下りていった。敷き詰められた白い小石がきゅと足の下で音を立てる。 藍染は色とりどりの松葉牡丹が植わった花壇の前で立ち止まった。そこで初めて藍染は俯いて笑い出した。ギンは、先程の藍染の肩の震えが笑いを堪えていたことによることを知った。藍染はくつくつと低く小さく笑っている。口元に軽く手を添えているが、押さえきれない笑い声が漏れて響いた。 「そうか……っ、そういうことだったのか…………」 聞き取れないくらいに声を抑え、藍染は呟いている。ギンはちらりと東仙を見やる。東仙もまた、ギンの気配をみようと顔を向けた。そして同時に藍染の方を向く。藍染はまだ笑っている。 「ふ……っ、ふふ、ははは………」 藍染はいつも微笑んでいるが、声を出して笑うことは滅多にない。ここから離れた廊下を歩く死神がこちらに視線を向けるのをギンは感じていた。しかしその視線はすぐに外された。日当たりの良い花壇の前で、花を眺めながら談笑する隊長達にしか見えないだろうとギンは思う。 「やってくれる……」 藍染はようやく顔を上げた。その横顔のその眼を見てギンは笑みを消した。 暗い、陽の光も届かない仄暗い眼は、全く笑っていなかった。 「……やってくれるじゃないか…………浦原……!」 ギンも東仙も動きを止めた。
この百年、口にすることを誰もが憚った名を、藍染は小さく、二人にしか聞こえないほどに小さく吐き捨てた。そうして、ゆっくりと完璧に近く穏やかな笑みを浮かべて横に控えていた二人を振り返る。 「ふふ……すまなかったね。ちょっと考えをまとめていたんだ。ああ、ここから先は僕のところで話そうか。ここで話していても怪しまれることはないだろうが、まあ、せっかく密談をするのに、ここではそんな雰囲気も出ないからね」 言葉が終わると同時に藍染の姿は風に掻き消されたかのように目の前から消える。しかし東仙もギンもまた、姿を追って同じ方向に顔を向けた。ギンはわざとらしく溜息をつく。 「いややなあ、藍染さんは。自分一人で納得しはって、さっさと行きはったわ」 その言葉に東仙は小さく笑う。 「何か、深いお考えがあるのだろう。さあ、市丸。私達も向かおう。そろそろ雛森さんもお茶を用意して待っている頃だろうしね」 「東仙さんは人がええから」 ギンがそう言うと、東仙は穏やかに首を振る。そして、藍染の後を追って姿を消した。その行方を眺めて大きく溜息をつき、ギンもまた瞬歩で屋根へと跳び上がる。屋根にいた白い小鳥がギンの影に反応する前に、次の屋根へと跳んだ。瞬間的に後ろに流れていく風景をおきざりにしてギンは走り、五番隊隊舎の屋根の上で音もなく立ち止まった。そしてゆっくと瓦の上を歩き、五番隊の中庭の一つ、二の庭に向かう。 二の庭はよく手入れされた植物で埋め尽くされている。中央には芝生を植えた広い場所があり、そこには赤い敷物が広げられていた。その上に藍染と東仙があぐらをかいており、雛森が盆を持って傍に立っているのが見える。東仙が顔をこちらに向けた。ほぼ同時に藍染がギンを見上げて、手を振る。それにつられるように雛森もまたギンの方を振り向いて、困惑したような顔をした。 「市丸隊長ーっ、早く下りてらして下さいーっ。屋根が傷んで雨漏りしてしまいますよーぅ」 片手を口元にあて、雛森が大声を出している。ギンはひらひらと片手を振って答えると、瞬歩で雛森の背後に立った。雛森が跳び上がって振り返る。 「堪忍なあ、雛森ちゃん。雨漏りしよったらちゃんと修理に来るよって、許してな」 ギンが笑って謝ると、背中から藍染が茶化す声色で、 「ほう、市丸自ら修理に来てくれるなら、構わないよ。むしろ光栄だ。滅多に見られない勤勉な市丸を拝めるからね」 と言って笑った。東仙も小さく笑う。ギンは振り返って二人を見下ろし、苦笑いを浮かべる。 「えらい言われようですなあ。ボクかて少しは働きますわ」 「でも修理をするの吉良君だろう?」 藍染が笑いながら言うと、ギンはへらりと笑った。 「そら、まあそうですやろな」 「もう、市丸隊長。吉良君をあまりいじめちゃだめですよ」 雛森がお盆を胸の前で抱えるように持って、ギンを見上げている。ギンは雛森に顔だけ向けて、へらりと笑った。雛森はギンを急かすように敷物の上へ促す。 「合同訓練の計画書にお茶を零さないように気を付けてくださいね。藍染隊長?」 雛森は絨毯の隅に置かれていた書類を示して三人を見渡した。藍染が苦笑して、 「この間、ちょっと大事な書類にお茶を零してしまったんだよ」 と言う。雛森はそこで破顔して、 「では、ごゆっくり。何かありましたらお呼び下さいね」 と一礼した。そしてくるりと背を向けて建物へ小走りで立ち去った。 急にギンは梔子の甘い香りを感じた。周囲に眼をやると、庭の隅に白い大きな、どこか作り物のような花が細い木に幾つも咲いているのが見える。空気中に甘い、惑わすような香りが漂い、三人を覆っていた。 他に人の気配はなく、ただ虫が花々を飛び回る羽音がかすかに空気を震わせている。
藍染は低い声を更にひそめて話す。 「まず、先程の隊首会だけれどね」 藍染は小さく冷笑した。 「浮竹もまあよくもここまで隠していたものだよ。朽木家のご令嬢だからまあ仕方ないとはいえ、行方不明だなんてことを」 押さえきれない喜びを無理に押さえ込んでいるように、口の端が震えている。それをギンは冷めた眼で眺めていた。口元には普段の薄い笑みが浮かんでいるが、ギンの眼には何の感情もない。 「さっさと僕らに報せておけば……まあ、彼が探しても見つからないのだから、頭数を増やしたところで何も変わらないか。まあ、いい。朽木ルキアの行方不明にも絡むことで、君らへ報告しておくこともあるしね」 「……なんでしょうか」 東仙が見えない眼を藍染に向ける。藍染がその眼を見返して、眼を細めた。 「まあ最初は、今回の件を考えてみよう。すでに君らも気づいているかもしれないね。東仙、君は、浮竹の報告を聞いてどう思ったかい?」 「そうですね……」 思慮深い静かな声。 「まず、死神が行方知れずになることなど、意図的でない限りはありえないということですね。確かに、現世に駐在する場合にはよほどのことがない限りは尸魂界に連絡したりしないものでしょうが、だからといってこちらで彼らの霊圧を捕捉できないわけではない。それが長期に渡ってできない、ということは、その死神が既に消滅しているか、もしくは」 そこで東仙は言葉を切り、藍染に顔を向けた。藍染は柔らかい気配を出して微笑んでみせる。 「そう、君の考えている通りだろう。消滅しているのでなければ……こちらから捕捉できないようにその身を処されているということだ。そんなことは可能なのか。……可能だ。あの義骸を使えばね」 藍染は遠いものを思い出すように眼を閉じて、薄く微笑む。ギンはじっと黙って眺めている。腕を袖の中で組み、何もかも押し隠して笑って眺めている。 目を開けて、藍染は二人を見回した。 「浦原喜助がここを追放される……ここから逃亡する直前に開発した義骸を使えば、可能なことだ。浮竹はそれを考えなかったのかな……いや、思いついても、浮竹が浦原を疑うはずはないか。浦原の居所は、今は空座町だというのに……どう考えても、疑えと言っているようなものだよ」 ギンは黙って、ただ頷いてみせた。東仙もまた、何も言わずに頷くだけだ。藍染は満足げに笑う。この冷たい笑みは甘い香りに隠れて他からは見られない。この冷たい霊圧は甘い香りに遮られてその向こうへは届かない。ギンは身動ぎもせずにその笑みを眺めている。 東仙が促すように、藍染の方に顔を向けた。藍染が小さく頷く。 「……そう、おそらく朽木ルキアは浦原と接触し、浦原が作成した義骸に入っているのだろう。あの義骸に入ってしまえばこちらから彼女の位置は全く捕捉できない。そして、ここで疑問が生じる」 ここで藍染は言葉を切り、ギンを見た。その眼は射抜かんばかりに鋭く、ギンは笑ってそれを受けとめる。藍染は穏やかに笑ったまま視線を動かさない。ギンは小さく息を吐いて、 「どうして浦原さんは、朽木ルキアをあの義骸に入れたのか、つうことですやろ」 と言った。藍染が笑みを深める。 「その通りだ。なぜ死神をあの義骸に入れなければならなかったのか。なぜ朽木ルキアが選ばれたのか…………そこで考えなければならないのは、あの義骸の特性だ。あの義骸は尸魂界から位置を捕捉できないというだけではない。中に入っている死神の霊力を分解し続け、最終的にはただの人間の魂魄にしてしまう。朽木ルキアを人間にする。それはどういうことか」 藍染は東仙に目を向けた。その視線を感じ、東仙は軽く首を傾げて微笑んだ。 「それはつまり、こちらから朽木ルキアを完全に捕捉できないようにする、ということでしょうか」 「そういうことだ」 東仙の答えに、藍染は頷いた。 「人間になり、あの凡庸な群れに紛れ込んでしまえば、こちらからはまず発見されない。浦原喜助が企てたことはそれだろう。そして朽木ルキアを選んだ理由だが……簡単だ」 藍染は笑みを崩さずに言う。 「朽木ルキアが奴の秘密を保持しているからだ」 ギンは雛森が置いていった湯飲みを手に取った。もうだいぶ温いそれを片手で掴み、透き通った鶯色の茶をすする。それを見て藍染もまた、湯飲みを手に取った。口に茶を含み、飲み込むと藍染の喉が動いた。それがあまりに長閑に見えて、ギンは眼をそらして湯飲みを茶托に戻す。絨毯の上を蟻が這っていた。ギンはその行方を少しだけ追い、視線を藍染に戻した。 藍染は一息つくと、温くなってしまったね、と呟いた。そして気を緩めた表情で空を見上げ、 「しかし、やはり彼女のいれたお茶はおいしい。後でまたいれてもらおうか」 と独り言のように言う。その顔をなぜか見ていられなくて、ギンもまた空を見上げた。 雀が二羽、戯れながら空を横切っていった。
そのさえずる声が遠くなったところで、藍染が再び視線を二人に戻す。その気配を察知してギンも空を見上げるのを止め、東仙もまた、周囲の気配に身を沈めるのを止めて藍染に向いた。 藍染の表情から柔らかさが消えている。 「さて、ひとまずここで先程の話を途中にして、別の話をしよう。僕が君達に報告しておこうと思っていたことだ。先日、僕が戌吊に行っていたことは伝えてあったね。もちろん、それは浦原喜助に深く関わることでね」 ここで勿体ぶったように藍染は口を閉じ、二人を見渡す。そして十分に沈黙したところで、口を開いた。 「見つけたんだよ」 藍染は一言、呟いて笑った。ギンはその笑みを無表情ともとれる笑顔で眺めていた。東仙は表情を崩さず、静かに藍染の独白を聞いている。 「探し始めて百数十年かかった。浦原が崩玉を作り、それを壊したと言ったときから百数十年、ようやく、その直後に瀞霊廷から姿を消した怪しい人物を見つけたよ。浦原の身内ではなかった……夜一の方をもっと丹念に探すべきだったね」 ギンは無表情の笑みを崩さない。ただそっと湯飲みを手に取り、小さな音をたてて温い茶をすすった。 藍染はゆっくりと話している。 「彼女の縁者はあまりに数が多いうえに、なにしろ四大貴族の一つだからね。貴族社会の厚い壁に遮られてなかなか情報を手に入れられなかったよ。それに、世界を揺るがす物に、あんな下働きが関わっていようとはね。いいかい? まず、崩玉を破壊したと浦原が僕に話す直前、彼女の家で庭師だった、当時はすでに引退していた老夫婦が姿を消している。あのタイミングで姿を消しているのは彼らの他にも数十名いたんだけどね、最後まで足取りが掴めなかったのは彼らだけだった。で、僕は彼らの行方を捜しに捜したよ。こういうとき、表だって動きにくい隊長職は面倒だね。まあ、そうしてようやく、その夫婦が戌吊で少女を育てていたという情報を手に入れた。彼らは相当ひっそりと隠れるようにして暮らしていたらしい。その少女の名までは突き止められなかったよ。ただ、噂では夫婦の死後、同じような境遇の少年達と暮らすようになり、やがて戌吊を出ていったらしい」 藍染はようやく柔らかな笑みを浮かべると、そこで言葉を切って二人の様子を見るように視線を向けた。ギンは何も言わず、ただ頷いてみせる。東仙もまた、同じようにして先を促した。藍染は満足げに口を開いた。 「彼女はなかなか目立つ存在だったらしい。あのような場所では珍しい、品のある言葉遣いに気の強さ。少年達の中心人物でもあったようだ。外見的にも特徴があったし、連れの少年もまた目立っていたから、住人達は覚えていた」 風が吹いた。ギンが名を知らない植物の葉が擦れてさざめく。梔子の香りがゆるりと流れた。ギンは藍染から眼をそらすと、空を見上げた。青い空が何事もなかったかのようにそこにあり、雲がゆったりと流れている。ただ隊舎の向こう、西の空に色の暗い雲が広がっていた。ギンは眼を細めた。 藍染が横目でギンを見て、また視線を見渡すように流す。 「少年は、背が高く、赤い髪。気の強そうなつり目。そして少女は背が小さく、体は細い。硬そうな黒髪で、瞳は大きく、つり目。戌吊から出ていったのが今から五十年くらい前。彼らが野垂れ死んではおらず、死神になれていたと考えると、赤い髪の少年の名は、おそらく阿散井恋次。そして少女の名は……外見的な特徴は東仙にはわからないだろうが、ギン、君はもう思い浮かべているだろう?」 そう言って藍染はギンを真正面から見て、微笑んだ。ギンは面倒だというようにわざとらしい溜息をつくと、 「朽木はんところの、ルキアちゃん、……ですやろなあ」 と言って貼り付けた笑みをみせた。藍染は満足げに頷く。 「そう、朽木ルキアだ。彼女は、いくら朽木家の養女になったとはいえ、流魂街の出身だ。なのに不思議なほどの品の良さだったが、それも夜一の家で働いていた者が育てたというなら納得がいく。彼女の記録を見ると、現世で死んでこちらに送られた際、戌吊に送られたことは確かなようだが、ならば何故、戌吊という非常に離れた場所で、四楓院家の使用人に育てられていたのだろうね?」 藍染の低い声を聞きながら、ギンはルキアの姿を思い出していた。ギンの見知っている朽木ルキアは、どこか一歩退いた、何かに怯えているような、何かを諦めているような、そんな印象の死神だった。ギンの記憶の中でルキアは、いつも兄の顔色を窺うように見上げる。そして、何かを諦めるように、言葉を飲み込むように俯くのだ。また、ギンは百年以上前に垣間見たルキアの姿も思い浮かべた。その記憶は曖昧になっていたが、幼いルキアは何の疑いもなく戸惑いもなく、老夫婦に向かって笑っていた。その身におそらく崩玉を隠しながらも、当時のルキアは幸福そうに、ギンには見えた。 一度、眼を閉じて、ギンはざわめくものを落ち着かせる。そしてゆっくりと細い眼を開け、藍染を見た。 藍染は笑っていた。 ギンの隣で東仙が、じっと佇んでいる。藍染が目を向けるとわずかに顔を上げ、小さく頷いて先を促した。藍染が苦笑する。 「四楓院家の使用人に育てられていた朽木ルキア。彼女が浦原の手によって行方不明になっており、その目的はおそらく彼女の行方を完全に眩ませること。これらを繋げて考えると、思い浮かぶことはただ一つ」 藍染は言葉を味わうように、口を閉じたまま酷くゆっくりと笑みを浮かべる。そして笑みの形のまま口を開く。 「朽木ルキアが崩玉を保持している」 爽やかな風が三人の間を吹き抜けた。その風は酔いそうな甘い香りを押し流し、ざわざわと葉擦れの音を微かに立てて通り過ぎていく。虫の羽音が掻き消され、そしてまた聞こえてきた。 「以前、話したろう? 浦原の研究の一つ、魂魄埋没法によって崩玉は隠されているだろうと。あんな危険なものをあの男が疎かにしておくはずがないからね。あの方法で彼女の中に隠しているはずだ」 ギンは表情を崩さないまま、薄い笑みを崩さないまま、藍染の話を聞いていた。虫の羽音も葉擦れの音もどこか遠く感じる。降りそそぐ陽の光が一瞬、雲に隠れたのかふっと弱くなり、再び世界を照らす。ギンのすぐ横で揺れた葉からこぼれ落ちた水滴が光った。その光が目に入り、ギンはふと乱菊を思い出した。遠い光景の中にいる乱菊はギンに振り返り笑っている。ギンは眼を閉じた。あまりに眩しくて、眼を閉じてギンは乱菊に詫びる。 これから始まることを、決して許してはもらえないだろうそのことをギンは詫びる。 藍染は囁くように言う。 「……ようやく、ようやくそこまで辿り着いたよ。確証ではないが、かなり高い確率で彼女の中に崩玉が隠されているはずだ。どんなものなのかは、私も知らないがね」 東仙は頷いてそれに返事をする。ギンもまた眼を薄く開け、頷いた。 再び、梔子の香りが漂ってくる。
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