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地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 8

 桜が咲き、散る頃には陽射しから温もりを得た風に木々の芽が開き、青々とした葉を茂らせる頃には地に落ちる影その深さを増す。風がその情熱を失い乾いた息を吹きかけ、それが葉を色づかせる頃には太陽が山の向こうに早々と沈むようになる。やがて色とりどりの葉が地面を覆い、刺すような風がそれを吹き飛ばし、草花は眠り木々は眠り、やがて空から降り積もる雪が地面を覆いつくす。それがやがて溶けゆく頃には梅が綻び桃が香り、そしてまた桜が咲く。
 その一見すると輪に閉じられた移り変わりの上で、空はただ高く深くそこにあった。
 物事は巡り巡って繰り返す。単調で、そして何一つ同じことのないその輪の中からは誰もが外れることはできず、しかし一度として同じときはなかった。時は流れ、季節は巡り、魂は生と死を繰り返す。そこに理由はなく、そこに理屈はなく、ただ流れ、ただそこに在った。誰に支配されるでもなく、誰に屈するわけでもなく、強いて言うならば全てのものが準じているのは、移ろい、巡りゆく流れそのものだった。

 流れゆく時がそこに在った。

 毎年、乱菊は慣例のように級長をしていた。それはもう教師も同級生もギンが級長をすることはないだろうと判断してのことであり、乱菊もまた、諦めていたということもあった。実際には乱菊も大雑把な性格をしていることが知れてきたが、そこは周囲の友人達が補っていた。四人でいることが多く、見目も華やかな乱菊達はそれだけで注目を集めていたし、加えて有名人であるギンと比較的親しいこともあり、目立つ存在となっていた。
 ときおり、学院の裏手にある林に呼ばれては恋心の告白をうけ、乱菊はそれを断っては溜息をついた。立ち去っていく背中を見送り、それでも何も動かない自分の内側を見返る。若者が集う場所らしく、周囲ではちらほらと恋の話があったし、傍にいる友人達もまた華やかなことがあるようだった。乱菊はそれを一歩引いたところから眺めている気分になる。誰が傍に近寄ってきても、乱菊の心は揺らがない。どうしてなのだろうと考えると、流魂街の頃の生活が思い出されて、乱菊はただ切なくなる。
 ギンもまた、決まった相手はいないようだった。近寄ってくる女子学生を拒むでもなく受け入れるでもなく放置していて、だからあまり良い噂は聞かなかった。一度、ギン本人に乱菊が訊いてみたところ、ギンはただ笑って何も言わなかった。そのときに自分を見ていた緋色の眼を、乱菊はよく覚えている。多分、自分も同じような眼をしてギンを見ているだろうと乱菊は思った。

 一人残された林の中で、乱菊は空を見上げる。それは青空だったり曇天だったり茜色に染まっていたり、ときには雪を降らせることもあった。その下で乱菊は一人、立ち尽くす。ギンと二人きりで親しく話す機会はあまりなかった。
 この地は穏やかで安全で、血が流れることも肉が斬られることもなく、単調で平坦だった。ただ淡々と時間は過ぎていき、流魂街の日々は遠く遙か彼方で、乱菊は一人きりだった。





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