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絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 12
びくりと痙攣し、そしてずるりと乱菊の中からギンが抜け出ると、そこから、白濁した液と赤い血が混じり合い、どろり流れ出す。それを見て、その残酷なまでの鮮やかさにギンの脳は揺らされた。それでも、これから乱菊が眠る敷布を汚すわけにいかないと、ギンは慌てて放り出していた手拭いをとって、乱菊の膝を開かせると、そっと拭う。 「や……やめて……いいから、お願い」 弱々しく乱菊が抗うが、それに構わずギンは丁寧に拭い取ると、最後に舌で舐めた。弛緩していた乱菊の体にまた力が入り、乱菊が体を起こしかけたが、顔を上げ、膝から手を放すと再び寝台に崩れ落ちた。 横向きに、こちらに顔を向けて乱菊は横たわっている。ギンは顔を見ないように、乱菊の着物の乱れを直すと、立ち上がり寝台から離れた。何か言おうと思った。けれど、普段は饒舌なギンの口からは、何の言葉も出てこない。ギンは乱菊に背を向け、帯を締め直す。背中に乱菊の視線を感じ、ギンは固く眼を閉じた。
まだ火照る体を持て余して、乱菊は横たわっていた。脚の間はまだ痺れて痛み、頭の奥で何かが暴れているかのような頭痛がした。全身が怠く、水を吸った着物になったかのように重い。投げ出された手はまるで自分のものではないかのようだ。 虚ろな、力の入らない視線で乱菊はギンの背中を見ていた。ギンは何も言わず、こちらに背を向けている。 「ギン」 呼んでも、ギンからは何の反応もない。それでも、乱菊は呼びかけた。 「ギン」 ギンとは思えない鈍重な動きで、のろりと振り返るギンは、それでも顔は少し背けていた。横顔に前髪がかかって、ギンの表情は乱菊には見えない。 「……これから先、ギン、て、呼ばなければいいのね」 乱菊の言葉に、ギンがぴくりと揺れた。少しだけ顔をこちらに向け、ギンが無表情を見せた。 「なら、あたし、呼び方考えなきゃ」 乱菊は微笑もうとした。口角を引き上げて、眼を細めて、乱菊は表情を意識的に作る。 「あんたがあたしを呼ぶのにも、慣れなきゃいけないわね」 上手く笑えているのだろうか。乱菊は自分がどんな表情をしているのか、微笑みを浮かべられたのか、よく分からない。ただ、ギンがかすかにぎこちない微笑みを浮かべたのを見て、乱菊はほっとした。
乱菊の表情を言葉にするなら、何だろうかとギンは思う。
泣いて充血した眼、腫れた瞼、涙で濡れた頬、血の滲んだ唇。それなのに乱菊は、柔らかい眼差しでギンを見て、そして、固いながらも、微笑んでみせた。ギンは何も言えずにただ立ちつくす。覚悟していた侮蔑も嫌悪もそこにはなかった。自分のあの行為にも、乱菊は壊れなかった。 「ギン、あたしは自分の好きにするわよ」 静かな、小さな声で、乱菊は淡々と話す。 「あたし達が暮らしてきたことは人に話さないようにするけど、あの暮らしをなかったことになんてしてやらない。あんたと初対面のようにするけど、あんたとここでお別れなんてことにもしない。ただ人に話さないだけ、それだけよ。……あんたが好きにしろって言ったのよ、ギン。だから、あたしは好きにするのよ」 「うん……ええよ」 それで十分だった。ギンは床に視線を落とす。もうそれで十分すぎるくらいだった。 顔を上げると、乱菊がこちらを見ていた。眼があって、ギンはぎこちなく笑う。 「じゃあ、おやすみ……乱菊」 万感の思いを込めてそう言うと、ギンは片隅に置かれた包みを手にして、窓枠に跨った。振り返ると、乱菊が半身を起こして、立ち上がろうとしていた。そしてギンにかすかな微笑みを向けた。 「おやすみ、ギン」 これまで何度も当たり前のように聞いた、そしてもう聞くことのないだろうこの言葉。 ギンは振り切るように窓枠を乗り越え、枝に飛び移った。
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