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絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 9
掲示板に張り出された合格者一覧の、最初に書かれた自分の名と、隣に書かれた乱菊の名を確認してギンはすぐにその場を離れた。まだ乱菊の姿は見えなかった。今のうちにこの場所を離れようと、入学案内を受け取ってギンは男子寮へ向かう。入学者には流魂街出身の者も多いのだろう。案内には、入学まで居場所のない人間は、寮母の手伝いをすれば入学前の入寮を認めると明記されていた。これで乱菊の身は安全だ。ギンは溜息をついた。これで、自分が傍にいなくても、乱菊は安全に暮らせる。
掲示板を見上げて、乱菊は安堵のあまり眩暈がした。二人の名前が並んでいることにささやかに喜びを覚えて、一人で微笑む。けれど、その笑みも周囲を見渡すことで消えた。ギンの姿は見えない。その代わり、銀髪の少年が寮にいたことを怯えた声で話す二人の少年が、乱菊の背後を歩いていった。乱菊は慌てて入学案内を受け取り、中を確認する。案内には、入学まで居場所のない人間は、寮母の手伝いをすれば入学前の入寮を認めると明記されていた。乱菊は言葉を失う。寮に入ってしまえば、もうギンとは一緒に眠ることも起きることもできない。入学までのわずかな期間しか残されていなかったのに、ギンは何も言わずに寮に行ってしまった。乱菊はギンを疑ってはいない。ただ、何もわからないそのことが、哀しかった。
驚いたことに、寮では個室が与えられた。 三畳ほどの細長い、板張りの部屋には跳ね上げ式の蓋が付いた箱が並び、その上に布団を敷くようになっていた。脇に小さな高い机と、椅子がある。窓が一つあり、寒さにも負けない厚い葉を茂らせた木の枝が見える。 「この箱の中に荷物がいれられるから」 案内の上級生が、蓋を開けて説明をするが、乱菊は布団に夢中になっていた。 「布団がある……」 「初めて?」 「初めてです」 「そう、数字の大きい流魂街の出ね」 上級生は微笑んだ。 「お風呂もあるわよ。共同の大浴場」 「お風呂!」 「ご飯も出るわよ」 「ご飯!」 興奮のあまり頬の紅潮した乱菊を見て、上級生は嬉しそうに言った。 「やっぱり、ありがたいわよねえ。個室で布団でお風呂。食事もある。なのに貴族出身の人達ったら、文句言うのよ。部屋が狭いだとか、布団が薄いだとか」 「あたし、何の文句もないです。ありがたいわ。とっても」 「そうよね、普通。ふふふ。じゃあ、また後で。入学までの手伝いの分担があるから、その説明があるわ。その後には手伝いをしてもらう予定になってるの。だから合図の鐘がなるまでに荷物を片づけておいてね」 「はい」 上級生が静かにドアを閉めて出ていった。乱菊は背負っていた荷物を下ろし、箱の片隅にたたまれている布団にそっと体を預けてみた。 「やわらかーい」 初めて味わう柔らかさに、乱菊は笑い出す。そして、同じようにこの柔らかさをギンも味わっているだろうかと思う。離れて眠るのは寂しいけれど、ギンもこうやって柔らかいものに包まれて眠れるのならば、我慢しようと乱菊は思う。いつも周囲を警戒して眠りの浅いギンも、これならば深く眠れるだろうと思えたからだ。 狭い部屋をくるくると見回り、蓋を開けたり閉めたりをしばらく繰り返して、ようやく乱菊は荷物を紐解いた。僅かな荷物は、乱菊とギンのものだ。どうやってギンに渡そうと乱菊は悩み、とりあえず自分のものだけ箱にしまって、ギンのものは布にくるんでおいた。
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