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ぼくらはただそうやって世界を手にした 10
血の色をした夢から逃げるように目を覚まし、乱菊はまずギンが隣にいることを確認した。向かい合わせに寝ていたギンの銀髪が目の前にある。起きているのか寝ているのかよくわからない眼はそれでも確かに閉じられていて、規則正しい息に銀髪が揺れている。 ほっとした。 昨夜、死んだ男を埋めに行ったギンを眠れないまま待っていた。泥だらけになって帰ってきたギンを出迎えると、ギンは疲れた顔をして「まだ寝てなかったんか」と言って乱菊の額に自分の額をつけた。もうそれだけで安心すると同時に哀しくなって、ギンが一緒でないと寝られないと、見張りに行こうとするギンを引き留めたのだ。そこに女達も加勢して、ギンを女達の馬車へと引っ張り込んだ。 「そこは男が入ったらあかんやろ」 ギンは珍しいことに少し顔を赤らめて抗っていたが、女達の勢いには勝てず、羨ましいなあ色男、と男達にからかわれながら馬車の入り口に寝ころんだのだった。 乱菊はしみじみとギンの寝顔を観察する。普段、ギンは乱菊が起きているときに眠ることはほとんどない。よほど安全ではないかぎり、ギンは周囲に気を配り続けている。 実は睫が長いのか。乱菊は、一年ほど一緒に暮らしてもなお発見があることを喜んだ。こうやってずっと一緒にいられたらいいのに。そう思って、自分が曖昧に不安に感じていたことの正体に気づく。 乱菊はずっと、ギンと一緒にはいられなくなるのではないか、と不安に感じてきたのだった。 具体的に分かって、乱菊は首を傾げる。自分はなぜそう感じるのだろう。乱菊はギンと一緒にいたいと思っている。ギンは何を考えているのかよくわからないところが確かにあるけれど、さすがに乱菊は、ギンが自分のことを大事にしてくれていることを知っていた。ただ、どうしてそうしてくれているのかはわからない。 どこかに答えがないだろうかというように乱菊がギンを見つめていると、ギンが目を覚ました。 「おはよう、ギン」 囁くように乱菊が言うと、寝ぼけたままくすぐったそうにギンが笑った。 「おはよお、乱菊。……どうしたんや。そんな見られたら、ボク、穴開いてまうで」 「あんたって実は睫が長いのねえって感心して見てたのよ」 「感心することなんか、それ」 「女にとっては、そうよ」 「乱菊なんかびしびしあるやん」 ギンはそう言って、乱菊の眼の淵にやさしく触れた。乱菊が微笑みながら眼を閉じる。ギンの指がそうっと乱菊の頬を撫でる。 外から、すでに起きている団員達の声が聞こえてくる。戸の隙間から漏れる光はとても明るく、強かった。 本当にその日はとてもよく晴れていて、昨夜の出来事などは全て嘘にしてくれそうな陽射しが照りつけていた。団員は皆、何事もなかったかのように明るく、親切で、馬車を直すために手際よく働いていた。女達は木陰で炊事をしたり繕い物をしながら少女の面倒をみていて、乱菊はそのわきで手伝いをしながら話をしていた。ギンは馬車の修理を手伝ったり、周囲の見回りをしたりしていて、他の人達ともよく喋り、乱菊に見せる笑顔ではないにせよ、よく笑っていた。馬車がもうすぐ直ると皆が喜んでいて、三四日で中央へ出発できるだろうと言っていた。 だから乱菊は自分の不安など、太陽が焼き消してくれたと思っていた。 思っていたのに。 次の日、ギンの姿はどこにもなかった。
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