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ぼくらはただそうやって世界を手にした 11
帰りを夕方までじりじりと待った後、乱菊はもう動かずにはいられなくて周囲の森の中を探し回ったけれど、ギンの姿はどこにもなかった。涙も流せずに走り回り、息を切らして戻ると、小屋の前ではもう修繕の終わった馬車が、出発の準備をしていた。 「明日の朝に出発するけど、アンタも一緒に来るかい?」 踊り子の一人にそう言われたとき、乱菊は何を言っているのか理解できなかった。ギンがいなくなったのに、どうして自分一人が一緒に行くのだろう。乱菊の顔を見て、女が巨体の用心棒を振り返った。 「坊主から何も聞いてねえのかい?」 乱菊は混乱した。この人達はいったい何を言っているのだろう。目の前では巨体の男が、あちゃあと言って片手で額を押さえた。踊り子の女も複雑な顔をしている。後ろに控えていた団長が、何かを呟いたが、それは乱菊には聞こえなかった。 三人が顔を見合わせていたが、女にせっつかれ、巨体の男が乱菊に向き直る。 「あの坊主と話していたんだよ。お前らがよければ一緒に来るかってな。俺らの仲間になれば、それなりに安全に数字の小さい地区へ行けるし、そうすればお前らの暮らしも楽になるんじゃねえかって。坊主も、それはいいかもしれねえって、結構乗り気だったんだ。昨日も、そんな話をしていたしな。嬢ちゃんのことばかり話していたが」 「どんな」 「あ?」 「どんなことをギンは話していたんですか」 乱菊は聞いておきたかった。ギンは自分をどうしたかったのか。今までギンからは聞いたことがなかった。ギンは何も話してはくれなかった。 巨体の男は少し言いよどんだが、踊り子に脇腹を肘打ちされて諦めたように話す。 「今でもかわええのに綺麗な着物を着たらどんなにかわいくなるだろうきっと世界一やわ、とか。そうしたらお偉いさんの目にとまってもらわれたりして本物のお姫さんやわ、とか。そうなったら怪我もないし血塗れになることもないし人を殺すこともないし殺されることもないし万々歳やわ、とか。惚気にしか聞こえないようなことばかりだよ」 「……男って、ガキの頃から既にバカなのねえ」 言葉も出なかった乱菊の代わりに、踊り子が呆れたように言った。 「どうしてこう、自分勝手で何もわかってないのかしら」 「いや、まあ俺は男だし、分からなくもないんだけどな」 「じゃあアンタもバカなのね」 「いやまあ、否定はできねえけどよ」 居心地悪く頭をかきむしる男に溜息をついて、踊り子は乱菊の頭をやさしく撫でた。 「……ギンにとって、あたしは簡単に置いていける程度のもんだったのかしら。離れても、別れても構わないものだったのかしら」 独り言のように話す乱菊に、踊り子は屈んで、目線を合わせて答える。 「簡単かどうかは、わからないわよ。アタシから見ていた坊やは、アンタのために笑っちゃうくらいに必死になっていたけどね。ただ、バカなだけよ。アタシ達と一緒に行く方が、楽にしあわせになれるわよ。ああいう男は、何考えているんだかわからなくて、ずうっとずうっと苦労するから」 実感がこもっているのか、踊り子が力強くそう言う。この言葉を、自分はずっと、不安に潰されそうなときに拠り所にするだろうと乱菊は思う。思うけれど、それでもまだ乱菊は混乱の中、立ち竦んでいた。その様子を眺めていた団長が乱菊の目の前に来ると、乱菊に目線を合わせて屈み込む。 「あの坊主は、これまでも、これからも血の臭いがとれないじゃろうよ。そういう質の子じゃ。本人が望む望まないは関係ない。それを知っているから坊主は姿を消したんじゃろうよ。わしも、アンタはわしらと一緒に治安のいい地区に行った方がいいじゃろうと思うがの。好きにするがよいよ」 眼鏡の奥の、団長の小さい目の中に自分が映っているのが見える。乱菊は酷い眩暈に耐えながら、その自分と向き合っていた。
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