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ぼくらはただそうやって世界を手にした 8
その奇妙な集団に出会ったのは、地区の境目の傍にある集落の外れだった。 基本的に住人が他の地区へ移動することは禁止されている。治安の差が大きいため、許可すれば人数のバランスが崩れてしまうからだ。しかし、そんな中でも移動する者がいる。一つは許可を受けた者。数少ない大道芸人や物品の運搬者などは許可をもって(許可証は体に刻まれる)それぞれの方角全ての地区を貫き中央まで伸びる路を通行できる。命の保証はされていないが、それぞれの意志で彼らは地区を巡る。 もう一つは違法で動く者。地区の境目は特に見張られているわけではない。ただし、数字の大きい地区の境目は自然に存在する大きな森や河、崖などで区分けされており、霊力のあるなしにかかわらず移動にはかなりの危険を伴う。しかも問題は余所の地区に入った後にもある。中央に近い一桁の地区ならまだしも、八十から七十番台の地区で余所者とわかればほぼ確実に殺されるだろう。何かを奪うために、単なる暇つぶしに。もしくは管理者に密告されて、処分されるのを笑うために。それでも移動する者はいる。逃げるために生きるためにもしくは死ぬために。
その集団は前者の集まりだった。変な格好をしていると思ったら大道芸人で、全員が額に奇妙な入れ墨をしていると思ったら、それが許可証だった。彼らは中央の方へ戻る途中だが、馬車が壊れたので数日間はここに滞在するという。人の多い集落の方へ行かずにいる彼らを警戒して、当初、ギンは乱菊を連れてどこかへ移動しようとした。しかし乱菊が彼らに興味を持ったうえ、話してみると人さらいでも略奪集団でもなく、単に騒がれるのが嫌で集落の外れにきたらギン達の住処の目の前で馬車が壊滅的に壊れたというだけだった。それでもギンはしばらく警戒していたが、大道芸人らしい妙な明るさに毒気を抜かれて、いざとなったらボクが乱菊抱えて逃げればええか、乱菊、楽しそうやし、と力を抜いた。 踊り子の女性達にすっかり気に入られた乱菊が、両脇を囲まれて話をしている。乱菊の膝の上には拾われっ子だという幼い少女が乗っている。ギンは女性達の勢いに押されて少し離れてその光景を眺めていた。美人に囲まれても乱菊が一番きれいやなあ、とぼんやりしている。よく見ていると、直毛の二人は切れ長の一重の美人だが、微かに波打った黒髪をしている女は、乱菊が成長したらこんな風になるかもしれないと思わせる華やかな美人だ。それでも乱菊が一番綺麗や。ギンは自慢げに呟いた。
乱菊は踊り子達にいろいろと尋ねている。 「どうしてこんな危ない地区までくるの? お金払う人もいないでしょ?」 「アタシ達、この地区の出身なのよ。ここの花街にいたの」 踊り子の一人がウインクをしながら甘い声で話す。どうりでこんなに色っぽいはずだと、その色香に酔いそうになっていた乱菊は納得した。きわどい着物の裾からのぞく白いふくらはぎが眩しい。 「ただ辛くてね。あの頃は無愛想だったから人気がなかったし、そうすると酷い客しか買ってくれないからまたキッツイし」 「アンタはホントに無愛想だったわよねえ」 「アンタに言われたくありませんー」 女達はそこで黄色い笑い声をあげた。乱菊はその明るさに驚く。自分はまだあの気色悪さを笑えない。でもそのうちにこんなに明るく笑い飛ばせるようになるのだろうか。 「しかも酷い客に付きまとわれて、毎日、金はマトモに払ってくれないのに殴る蹴るしかもやる、でさ。嗜好も最悪なのよ。縛る殴る蹴るいろいろ。毎日泣いていたら、見かねて女将さんが逃がしてくれたのよ」 「行商人に買われたって嘘ついて」 「あまり売れなかったアタシらも、仲良かったから一緒にさ」 「売れない三人娘だったからねえ」 そして女達は笑いながら陽気に歌を歌う。乱菊はもう呆然としている。年を取ると言うことはこうやって辛いことを明るく話せるようになるということなのか。 「でも女だけで地区を移動するって、大変なんよ。うちら、力無いしね。お腹が空かないことが利点かな」 「七十七地区までなんとか移動できたけど、そこで襲われてもうだめーってときに、この大道芸人達に拾われたのよ」 「今回の営業は、その女将さんにお前らの売値の料金を払ってこいっていう団長さんのお達し……温情なのよ」 「会えたんだ?」 「ええ。まだ元気だったわ。やっとアタシ達が「買われた」料金を払えたわねえ」 「長くかかったから、利子も付けてさ」 「よかったね」 「そうだねえ」 乱菊は、ここに来て一番最初にまともに話した女を思いだした。あの女もそういう女将さんという立場の人間だったのではないだろうか。あの女も元気だといいと思う。 それにしても、一度はここを離れたのにまた来るとは。 「ここまで来るのに安全じゃないでしょ? 強いの?」 乱菊の問いに、女達は笑って顔を見合わせる。 「アタシ達もかなり特訓したけどね。剣舞もあるし。他のみんなも強いよ。追い払うことなんて朝飯前よ」 「ウチらの三分の二は弱いけど霊力を持っているし、力自慢兼用心棒の二人は死神崩れだからねえ」 「崩れちゃったの?」 「性に合わなかったんだってさ。不真面目で風来坊だからね」 「ふうん」 女の一人が指し示した方を見ると、色鮮やかなかぶいた着物の大男が一人寝ころんでいた。その向こう側で細身の、しかし長身の男がぼんやりと煙草をふかしている。確かに真面目そうには見えないが、じんわりと感じる霊圧と腰にさした刀が、ああ彼らは用心棒だ、と思わせた。 「合う合わないはあるからねえ」 「ウチらも、芸者は無理だったけど、踊り子は合ってるからねえ」 「うん、お姉さん達、とっても綺麗」 乱菊の言葉に、女達は声を上げて笑い、「かーわーいいー」と一人が乱菊を抱きしめた。白粉の匂いがして、その大人の香りに乱菊はどきどきする。膝の上の少女が女達の真似をして、乱菊の腰に抱きついてくる。 「ねえ、ちょっとアンタ、かわいいんだから、飾ってみないかい?」 「小さい着物があるだろう。やってみようよ」 女達はよい着せ替え人形が手に入ったとばかりに少女ごと乱菊を抱えて、修理中の馬車に入ろうとする。連れて行かれる乱菊を見て、思わずギンは跳ねるように立ち上がった。反射的に幽かにではあるが霊力を右手に込める。 その瞬間、離れていたはずの用心棒二人がギンと女達の間に立ちふさがった。 驚いた乱菊は慌てて 「なんでもないよ、ギン。ちょっと待ってて。なんかよくわかんないけど大丈夫だから」 と言って笑いかける。女達も笑って、 「アンタの用心棒は優秀だねえ。坊や、ちょっとこの子を綺麗にするだけさ」 「ちょっと待っておいでよ。べっぴんさんになって出てくるよ」 「アンタ達も何そんなに子供相手に用心棒らしいことしてんだよ」 と三人に声をかける。そして笑いながら馬車の中へと入っていった。 睨み合っていた三人は、顔を見合わせて気まずく笑った。
馬車の中からは嬌声と、困惑した乱菊の声がしている。 どうにも行き場のなくなった用心棒の二人とギンは、傍の樹の下に座っていた。ギンは乱菊の声が気になって、ちょくちょく馬車の方を振り返るが、さすがに入るわけにはいかない。 「坊主、お前、相当な霊力があるだろう」 落ち着かないギンを見かねて、巨体の方がそう話しかける。ギンは向き直って首を傾げた。 「ボク、誰かと比べることあんまないさかい、ようわからん。乱菊と比べたらボクん方があるみたいやけど」 「ああそうか。そんなに同類に会うこともないしな」 長身の方がそう言って、頷いた。 「何でそない思うんよ」 「出す霊力の量を咄嗟に微調整しているうえに、体の一部分だけに集中して集めるなんて芸当してるからだよ」 「それが安定しているしな。それなりに霊力がないと安定できねえよ」 「はあ、そうなんや」 ギンは感心していた。この二人も相当に実力者だ。実力があると一瞬で相手の力を判断できる、ということは確かなようだった。これまで全て自己流でやってきたが、今のうちにいろいろと知識を仕入れておこうとギンは思う。 「この力の使い方って、もっとなんかうまい方法ないやろか」 「そんな直球でこられても」 長身の男が苦笑する。巨体が補うように笑いながら説明をしてくれる。 「俺ら、学校を途中で飛びだしてきてるから、あんまり教えられることねえんだよな。本当はあるんだよ、色々。鬼道とか縛道とか、術みたいなもんが。でも授業はさぼっていたから、覚えてねえ」 「学校?」 思いがけない言葉に、ギンは珍しく驚いた。死神なんてここでは見ることはほとんどないから考えることもなかったが、学校というものがあるのか。 男達は興味を示したギンを見て、更に説明を重ねる。 「死神になるには学校に入ることが近道なんだよ。そこでいろいろ教われるし、生活も安定できる。卒業できれば死神になれる。死神になれば暮らしは楽になるぜ。少なくとも、ここよりかはな。人も殺さずにすむし、霊力は活用できるし」 「中央に学校がある。年に一度、試験があるはずだぜ。お前なら、もう受かるんじゃねえかな。こんな坊主の合格者は見たことねえけど、さっきの感触だといけそうだよな」 「乱菊も一緒に受かるやろか」 ギンは真剣に考えてみた。地区を移動することについては前々から考えていた。ただ、体力の劣る乱菊が長距離の移動……かなりの危険を伴う移動に耐えられるかわからないので、口に出してはいなかった。暴漢はどうにかなっても、渓谷や大河はどうにもならない。うまく移動できたとしても余所者ができる仕事なんてかっぱらいくらいだろう。しかし、食い扶持を稼げるなら、そして乱菊に安全な暮らしをさせてやれるのなら、人を殺さずに暮らせるなら、やってみる価値はあるように思えた。 けれど、巨体の男が、 「あの嬢ちゃんか。感じる限りではまだ無理だと思うぞ」 と言ったその一言で、その考えは一蹴された。 「ならええわ。ここで暮らしていけるし」 あっさりと言い放つギンを見て、長身の男は呆れたように笑った。 「あのお嬢ちゃんがお前の生活の中心か。確かにかわいいもんな」 「一番のべっぴんさんや」 「自慢してる、自慢してるよこいつ」 二人の用心棒は、ギンの自慢げな顔に笑う。先程までは抜け目のない表情でいた子供が急に年相応の顔を見せたからなのだが、ギンは分からずにきょとんとした。 「ああまあ、あんな嬢ちゃんなら守らないとならんわな」 「お前、なんか武器は持ってるのか。見たところ丸腰なんだけど」 「持っとらん。襲ってきた男の奪うのは乱菊気持ち悪そうにしてはるからやらんし、小刀とか欲しいんやけど、盗むんもちょっとなあ。なくてもなんとかなるし」 「お前、本当にお嬢ちゃんが中心なのな」 長身の男がおかしそうに笑う。そして腰にさしていた刀を外して、ギンの前に差し出した。 「これが死神の持っている刀だ。自分の霊力でできている」 ギンは鞘をそっと触ってみた。確かに硬く、触れるものだ。 「霊力て、これ触れるやん」 「あー、なんて言うんだっけ」 「具象化だ、具象化。えーと、まあぶっちゃけて言うと霊力で作るんだよ」 「そのままじゃねえか」 言い争う男達を放っておいて、ギンは刀を取り上げた。確かに、なにか波動を感じる。 「てことはや、ボクも作れるんか?」 顔を上げてそう尋ねると、男達は顔を見合わせて、唸った。 「一から作ったことなんてないしなあ。これ配給品だし」 「なんつうか、これは種みたいなもんなんだよな。これに霊力を送れるくらいになって初めて、自分だけの刀になるっつうか」 「種ないと無理なんか」 「難しいと思うぞ。お前、まだ死神じゃねえしなあ」 「……あ、でもあれ、あれがあるじゃねえか」 考え込んでいた巨体の男が立ち上がり、馬車の方へと近づくと中へ向かって何か声をかけた。文句らしき高い声が聞こえたが、戸が細く開かれて何かが差し出される。それを男は受け取って、ギンに向かって放り投げた。 受け取ってみると、刃のない柄だった。 「学校を出るときにかっぱらってきた。ひびが入っていたから構わねえだろうって思ってよ。そしたら、すぐに折れたよ。やっぱり」 「ああこれか。確かに、できるかもしれないな。霊力さえ強ければ」 「何すんのや」 「これを刀にするのさ。霊力を込めて」 長身の男はギンを立ち上がらせると、自分もその前に立って自分の刀を引き抜いた。すらりと音がして、白刃が光る。 「これで想像しろ。できるだけ具体的に形を考えるんだ……といっても、この形になるとは限らないけどな」 「これだとボクには長いんやなかろか」 「短くなってくれって、お願いしてみろよ。脇差くらいならちょうどいいかもな」 ギンは目の前の刀をよく眺めた。ああでもやはり少し長い。ボクの刀はどんな感じなんやろ。ギンは右手に柄を握り、目を閉じて集中する。いつかの、男達を斬り殺した時を思い出す。確かにあのとき、右手に集めた霊力は刀のような形になっていた。あれか。ああなってくれればええんやろか。 右手に。右手に力を流していく。 そしてギンは呼びかける。ボクん刀、ボクん刀。ナリどんなんしてはるんや。奥へ奥へ、ギンは沈んでいく。 頭上の梢の葉がざわめきだした。
馬車のなかで着せ替え人形になっていた乱菊は、外で急にギンの霊圧が高まったのに驚いて、着替え途中であるにもかかわらずに急いで戸を開けた。女達が慌てて閉めようと手をかけたが、その手は途中で止まる。 乱菊は呆然としていた。 目の前でギンが霊圧を解放している。その嵐のような霊圧を放出しないで右手に収束させているので、そこから何か捩れるような震えるような音がしている。実際に空気はどうにかなっているのか、ギンの頭上の枝が激しく揺れて葉がばらばらと散っている。 用心棒の二人はギンから距離をとったようだが、その圧力に膝をついて、呆然として眺めている。 「アンタ達、何したのさ!」 女の一人が用心棒達に声を張り上げた。 「刀がほしいっていうから、作ってみろってやり方を教えただけだよ!」 「まさか、こんな霊圧だとは思わなかったんだよ!」 ギンは男達の声にも反応せずに、じっと立っていた。右手の霊力が細く長く長く伸びた形になり、生きているかのようにうねっている。乱菊は何も言わず、ギンの集中が終わるのを待った。
ギンは深い深いところに沈んでいた。ボクん刀、ここにはおらへんやろか。 呼びかけながらじっと探っていると、どことなく目の前に蜃気楼のようなものが現れる。形ははっきりとわからないが、ゆらゆらと揺れるそれは確かにギンに対して何かを伝えていた。 ああ、こんなんなんや。出てきてくれておおきに。これで出来るわ。 ギンは手を伸ばした。
がちん、と、大きく、何かがはまる音がして、霊圧が静まった。葉が舞い落ちるその下で、集中を解いたギンが自分の右手を覗き込む。 そこには確かに、鞘に納まった短い、脇差しと言ってもよさそうな刀が一振りあった。 「……や……ったやん!」 ギンが喜色満面という表情で馬車の方を振り返った。そこに乱菊の姿を見つけると、嬉しくて堪らないという顔で走ってくる。 「乱菊! できたで、ボクん刀! ほらほらこんなんや!」 馬車の扉のところに座り込んでいた乱菊の前まで来ると、ギンは誇らしげに刀を差しだした。手に取るとそれはずっしりと重く、豪奢ではないが高貴な、とても美しい形をしていた。そして何よりも、刀から出る凝縮された霊圧が強く鋭い。ギンの霊圧そのままの刀だ。 「……すっごーい! すごいよギン! きれーい!」 「やろ! やろ! これで枝集めも芋掘りも魚さばくんも楽なるで! 誰か襲ってきてもこれ見てびびって逃げてくわ!」 乱菊がほめたことにギンは嬉しくなって更に誇らしくなった。乱菊は刀を眺めて興奮したように顔を紅くしている。かわええなあ、と思ったところで、はたとギンは乱菊の格好に気が付いた。乱菊は下着とも言えるような格好ではしゃいでいる。 「……!……乱菊! あかん! あかんて! 乱菊入らなあかん!」 慌てて乱菊を押し込もうとすると、乱菊も自分の格好を思い出したのか言葉にならない声で叫ぶと、押しつけるように刀をギンに返して乱暴に戸を閉めた。中から、だから戸を閉めようとしたのにぃ、と言う踊り子の声がする。 「あかへんて……乱菊ぅ……」 疲れがどっと出て、ギンはその場にしゃがみ込む。すると後ろから、巨体の男がギンの肩を叩いた。 「おう、すごいじゃねえか。よかったな」 「……今の、見たんか?」 「あ? 見てたよ、すごいなお前の霊圧」 「そっちやのうて……」 「……嬢ちゃんは見えてねえから安心しろよ」 長身の男も近づいてきて、ギンの前に屈んだ。 「刀を見せてくれよ……ああ、こりゃあすげえな。お前……俺もお嬢ちゃんは見てねえからな」 ギンの視線を感じたのか男はそう断って、そしてギンの刀を手に取った。 「重いし、これは強い」 「どれ、ああ本当だ。お前、もっと強くなるぜ」 男達が評しているのをぼんやりと聞いていると、頭上で戸の開く音がした。ギンは慌てて立ち上がる。 「ほうら、お待たせ。すっごくかわいいわよ」 踊り子の一人がそう言って外に出ると、乱菊を抱えて地面に降ろした。その姿を見て男達が口笛を吹く。 ギンは頭の中が真っ白になっていた。 乱菊はこの地区では滅多にお目にかかれないような淡い桃色の着物を着ていた。袷を緩やかにしているので白い首筋がよく見えて、それがとても桃色に映えている。髪は綺麗に結い上げられて、かんざしまで付けていた。少女がはしゃいで乱菊の足下をぐるぐる回っている。乱菊は白い細い手で、その娘の頭を優しく撫でると、ギンに向かって顔を上げた。 少し紅をさしている唇で、乱菊はにっこりと笑う。 「かわいくできてる? ギン」 そんな顔でそんな姿でそんなことを言われたら。 ギンは眩暈がした。 「ほら、ギン。なんか言って?」 後ろで用心棒達が「これは凶悪だ」と呟いているのが聞こえる。ギンは心の中で激しく同意した。これは凶悪なかわいさだ。どうしようどうしようどうしろと自分にどうしろと言うのだろうか。 ギンはしばらく無言になり、一言、 「お姫さんや」 と言った。 「おひいさん?」 「乱菊はお姫さんや。お姫さん。うん、すごいわ。こらもうホンマに」 ギンは基本的にお喋りが得意だ。そのギンがたどたどしく、かくかくして言っている。何を言っているのか方言の異なる乱菊はよく分からなかったのだが、ギンのそんな様子を見て満足げに首を傾げて笑った。 もうそれだけで、ギンは殴られたようにくらくらした。ボクん刀、勝てん。そう思った。
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