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ぼくらはただそうやって世界を手にした 2

 食料を探して歩いていたギンは、道の脇に焼け落ちた家を見つけた。そのときには「何かめっけもん残っとらんやろか」と考えたのだと思う。ギンは焼け跡にずかずかと入り込み、物色していた。そして確かにそこには「めっけもん」が落ちていた。家の裏手に山吹色の髪をした、ひどく痩せた青白い少女が倒れていた。
 生きているのかどうか、少し距離をとってギンは確かめた。気を澄ませると、生気だけではなくてそこに幽かな霊圧を感じた。ああ、この子は自分と同類なのか。ギンは興味を引かれて少女に近づいた。自分と同い年くらいの、霊力のある人間を見るのは初めてだった。虚ろな目をした少女は、何の反応も示さないけれど確かに生きていた。
「食べ」
 なぜ、貴重な食べ物を分け与えようと思ったのだろう。ギンは自分でもよくわからない。ただ、綺麗な子やな、ええ拾いもんや、と思ったことだけは確かだ。人に興味を示したことのないギンにしては珍しく、違和感なくそう思った。
 名乗ったギンに対して臆面もなく「変な名前」と呟いた少女の名は、それはそれで珍しい花の名をしていた。乱菊。鮮やかな、艶やかな、それでいて凛とした佇まいの花の名とギンが知るのはもっと先のことで、このときはただ菊は花だということだけ理解して、ああ、綺麗やね、と笑った。綺麗な子には綺麗な花の名がいいやね、と。
 ギンは、自分がここに来て初めて何かを「綺麗だ」と感じたことに気づいていなかった。ええもん拾うた、お人形さんみたいや、と浮き立つ気持ちを少し不思議に思いながら味わっていただけだった。そして乱菊を背負うようにしてギンは自分がそのとき住処にしていたあばら屋へ戻った。人を助けたことも初めてだった。


 そのとき、乱菊には思考能力というものが残されていなかった。本当に人形のようになっていた。食べ物を奪うだけではなく、乱菊自身を奪おうとする人間から逃れるために、乱菊は自然と自分の感情を奥へ奥へと押し込めていた。無表情になっていれば略奪者は自分をおもしろがらない。その隙に乱菊は霊力を放出して逃げ出す。そんなことを繰り返していた。
 それでも、限界があった。感情を押し込めて見ない振りをしても、何か空っぽな胸の内にからからと音が鳴る。もうすぐ秋になるというのに食料が見つからず、何も食べない日が続くようになった。体も、体の奥の方も、からからと音を鳴らしていた。
 ある日、寝ころんでいた掘っ建て小屋に数人の男が乱入してきた。乱菊がいたことに驚いたようだったが、すぐに自分に向かって「これは売れるんじゃないか」「いや、俺達のものにしようぜ」などと物騒な気配のすることを言った。空腹で動けなくて、ああもうだめかなと思ったけれど、抱え上げられたときに反射的に「嫌!」と叫んだときに、男を押しやろうとした自分の腕に力が集まるのを感じた。無意識に腕の方向を変えると同時に腕から炎の塊が飛んだ。炎は男の頬をかすめて天井にあたり、その火は瞬く間に小屋に燃え移った。男達は乱菊を放り出し、叫び声をあげて逃げていった。乱菊は最後の力を振り絞って、這いずってなんとか外に出た。もう無理かな。そう思って、そこで気を失った。
 目を開けたら狐目の銀髪の少年が自分を覗き込んでいた。その少年は貴重な食べ物を分けてくれた。自分を雨風しのげる小屋に連れ帰ってくれた。傷口をきれいに洗ってくれた。何かを奪うことなしに親切にされたのは初めてだった。
「力あるもん同士で暮らすんは何かと便利やろ。食べもん一緒に集めれるし、ひっつけばあったかいしな。これから冬んなるで」
 ギンと名乗ったその少年はそう言って乱菊を家に置いてくれた。その家は、家と呼べるのか疑わしいほどにぼろぼろで、雨が降った次の日に他の場所に移ったけれど、ギンは乱菊をそこにも連れて行った。乱菊を捨てたり、売ったりはしなかった。食べ物は二人で分けて食べた。寒い夜には二人で体温をわけて眠った。表情の戻らない、言葉少なに話す乱菊に、ギンは笑いかけて言葉をかけた。ここには乱菊が怯えたものはなかった。これまでなかった、自分に与えられる言葉と体温があった。





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