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ぼくらはただそうやって世界を手にした 1

 ギンは、数少ない「腹が減る」人間だった。それは霊力があるからだということを知ったのは、自分には正体不明の力があるということを知ったより後で、分からないながら両手にみなぎる力を使ってある集落の食料庫から食料を強奪しているときに、警備していた人間から叫ぶように教えられた。
「なら、アンタら腹減らんのやな」
 自分を囲む大人達に向かってギンが問う。おそらく大人達のリーダーであろう一人が、一言、
「だから何だって言うんだ。強いもんが奪うのがここの流儀だ」
と言った。その大人は下卑た笑いを浮かべている。他の大人達もみなそうだ。武器を持つ手が手慣れていることから考えても、この集落は強盗の集団なのだろう。こちらに向けられている刀のひとつに、血錆びが浮いている。どうりで忍び込むときに黒く血の乾いた女物の着物があったわけだと、ギンは納得した。おそらく怪我をさせて連れてきて、散々嬲って殺したのだろう。
 目の前の連中に自分と同類の、霊力というものがある人間はいないようだ。食べ物は快楽だけのために食べられているのだろう。快楽だけの集団。ギンは薄く笑った。
「ほな、ボク、流儀にならうわ。食べんと死んでしまうしな」
 ギンは勢いよく脚を肩幅に開いて踏ん張る。その瞬間、風のようなものがギンから迸り、取り囲んでいた人間を切り裂いた。血が舞い上がり、後列にいた人間から悲鳴が上がる。倒れゆく人間だったものと、驚きと恐怖で動けなくなった人間達の間をすりぬけてギンは持てる限りの食料を持って駆けだした。
「さいなら」
 振り返り、そう笑って言うと、ギンは一目散に逃げ出す。我に返った生き残りの人々が追いかけてきたが、走りながらギンは片手を突き出して、そこから正体不明の力……いわゆる霊力の塊を打ち出した。それは最前列にいた人間にあたり、悲鳴と血飛沫があがった。そのすきにギンは一気に距離をあけて森の中へ駆け込んでいった。
「みんな潰さんだけ、マシや思うて欲しいわ」
 安全な隠れ家について、ギンはそう呟いた。ギンはこれまで、意味もなく殺したり、素直に食料をわけてくれる人を殺したりはしてこなかった。話して済むならそれで済ませていた。しかし、必要とあらば遠慮なく殺していたし、それが当然とも思っていた。現世でいうところの十歳ほどの見た目は相手を油断させるのに十分だったけれど、そんな子供だからこそなのか、多くの人間は殺そうと近づいてくる。ここで血を流さずに生きていかれるとは思わないし、相手も自分を殺しにきているのだから、こちらも殺して奪うしかないだろうと思う。
 自分の最期もまた、これまで自分がしてきたように、何かを奪いにきた人間に殺されて血溜まりの中だろう。それは自分に似合っていると思う。現世で死んだときのことはよく覚えていないがソレも多分血溜まりの中だ。そしてここで自分は他人の血溜まりの中で生きている。他人の血に塗れて生きている。でもそれが何だというのだろう。ギンにとって生きることは血を流すことだ。そうやってまで生きていく意味も価値も理由も知らないけれど、これまで殺されていないのだから生きていくしかない。
 葉に覆われた大樹の太い枝に腰を落ち着け、ギンは一息ついた。上を見上げると、生い茂る葉の隙間から星空が見えた。この様子なら明日も晴れるだろう。晴れた日は食料を探すのによい日、雨の日は隠れ家で休む日。ただそれだけ。森の木々は隠れ場所であり食料庫。草原は在庫の少ない食料庫。花は食べても腹はふくれないが、蜜は甘い。ただそれだけ。他人は食料を命を奪いに来る者。自分が何かを奪う者。ただそれだけ。
 ただそれだけのものばかりで世界はできている。ギンの細い目がまた細くなり、ギンは何かを振り払うように頭を振った。



 乱菊がこの場所についてすぐに行ったことは、とにかく逃げて物陰に隠れることだった。自分が現世でどう死んだのかもよく覚えておらず、なぜここに連れてこられたのかも、自分のいる場所もよく分からないまま、ぎらぎらとした眼をして近づいてくる人間に危険を感じて走って逃げた。
 物陰に隠れながら、森の中で少ない食料を探して空腹を満たしていた。幸いにも乱菊には得体の知れない力があったから、それを利用して、食べ物を集めて生きていた。それでも常に空腹で、体は痩せ細っていた。
「ここにいる人々は、みんな共同体を作って集団で暮らしているのが多いよ」
 ある日、森の中で出会った男女二人組はそう言って、乱菊を自分の暮らす集落に連れて行った。これまで出会った怖い人達はみな男だったから、女がいることで乱菊は安心した。道々、彼女らと話をすることで、乱菊は腹が空く自分は周囲の人と異なること、何も食べないと死ぬだろうことを知った。何か得体の知れない力のあることは自然と知っていたが、多くの腹の空かない人々には力がないことは初めて知った。そして自分が落とされた地区はひどく荒んだ人々が多いことも理解した。女はこの世界に詳しく、ここに来てから初めてまともに人と喋った乱菊は嬉しさのあまり、常に働いていた疑り深さを引っ込めた。
 その女が連れてきたそこは小さな花街だった。
「ここは強い奴らに守られているから、安全に生きていけるンだよ」
 女はそう言って乱菊を町中のある屋敷に連れてきた。こんな大きな建物を見るのは初めてで、乱菊は最初はきょろきょろしていたが、その屋敷の部屋にいる男達の眼がいつかの男のようにぎらぎらしているのを見て、乱菊は怯えた。
「かわいい娘を連れてきたじゃねえか」
「まだガキだな」
「でもこういうのがまたいいんじゃんかよ」
「お前、ガキがいいのかよ」
 廊下を歩いていると部屋の中にいる男達から口々に何か言われる。その中から手が伸びてきて乱菊の腕を掴んだとき、乱菊は小さく悲鳴を上げた。
「お止し。この娘はまだ売り物じゃないんだよ」
「味見くらいいいじゃねえか。俺が値段を決めてやるよ」
 制止した女を一瞥しただけで、その男は気にしない様子で乱菊を引っ張りあげて腕の中に抱え込んだ。その熱さと粘りつく気配にぞっとして、乱菊は言葉も出せずに暴れた。乱菊のその様子に男は笑い、周囲の男達も笑った。このとき乱菊は、強い者は弱い者が感情を露わにして逃げようとすることすら娯楽にすることを知った。
「お止しったら。いい加減にしな」
 女が強い口調で言い放ち、乱菊を腕の中に奪い返した。そしてそのまま文句を言う男達を無視して屋敷の奥の部屋へ向かう。抱えられた乱菊は震えていた。そんな乱菊に、女は部屋にあった果物を差し出したが、乱菊は首を振った。
「お姉さん。あたし、帰る」
「……ここは安全だよ。食べ物もちゃんと手に入るンだよ。そんなに痩せなくても、一人でいなくてもいいんだよ」
「自分で食べ物は集められるから、帰る。だって、怖いよ、ここの人達」
「……そうだね。まだあンたはおチビだもんね。さっきは怖いめに遭わせてごめんよ。……でも覚えておきな。人間はこうやってでも生きていくんだよ。奪われ続けても、それでも」
 宵闇に紛れて女は街のはずれまで乱菊を連れて行き、持ち出したわずかばかりの果物を乱菊に渡すとそこから乱菊を逃がした。一緒にいた男が文句を言っていたけれど、女の方が強いのか、説き伏せられていた。乱菊は言葉少なにお礼を言って、一目散に走っていった。何が哀しいのか分からないが、なんだか哀しかった。乱菊の大きな目から涙がこぼれ落ちていたけれど、それに構わず乱菊は走っていった。あの女はイイヒトだった。痩せ細った自分をかわいそうに思ってあの街に連れてきたんだ。生きていくことが最優先だから、乱菊を生かすために連れて行ったんだ。あの女はイイヒトだった。そう思うこと、それだけが乱菊にとって救いだった。
 一人で生きていこう。隠れて隠れて、一人で生きていこう。乱菊は安全な森に着くまで足を止めずに走っていた。





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