| 2013年03月02日(土) |
山峡絶唱 小説・西塔幸子 長尾 宇迦 |
やまかいぜっしょう ”さいとう こうこ” と 読む。
岩手師範学校の女子部を卒業して小学校教師となり、岩手県内の小学校を転々と歴任した教師で ”女啄木”とも呼ばれた歌人だった。 夫も同じ教師で二人の間には6人の子もいる(長女の房子は夭逝) 享年は数えで37、満で35歳のとき(昭和11年)、急性関節リュウマチから肺炎を併発して、お腹に末子を妊娠したまま亡くなった。
この本を読むかぎりでは幸子は夫の庄太郎に殺されたようなものだ。 夫婦とも教員でそれなりの生活が出来ていたはずなのに、夫の収入は酒代と実家への仕送りに消えていった。 それでもこの時代の女性ゆえに、幸子は愚痴も言わずに夫や子供のために生きていく。 あれほど熱烈なプロポーズをした結婚なのに庄太郎はあまりにも身勝手な夫だった。 今なら家庭を省みない夫として妻のほうからの離婚請求もできただろうに・・・と思うのだ。
そんな中での創作は幸子にとって生きる糧だったのだろう。 うれしいときや楽しいときよりも、辛くて苦しいときのほうが歌が浮んだと、文中にあった。
声あげて何か歌はむあかあかと 夕陽が染むる野面に立ちて
夫のため我が黒髪もおしからず ささげて祈る誠知りませ
酒を嫌(い)む吾にはあれど旅にして 夫のみやげに良きを求めつ
|