読書記録

2013年02月01日(金) 河井継之助             童門 冬二



 米百俵の小林虎太郎はあまりにも有名だが、その考えのもとともいうべき河井継之助のことは小林虎太郎ほどには知られていないのではないだろうか。
戊辰戦争で焼け野原となった長岡が貧窮していたときの話である。

物語の主人公である河井継之助 と、小林虎太郎とは意見が異なった。
だが あの戊辰戦争のとき長岡牧野藩のトップは河井継之助であって、小林虎太郎はもうすこしあとの登場になる。
直接意見を戦わしたわけではないのだ。

小林虎太郎の師は佐久間象山だが、継之助は象山を嫌って備中高梁・松山藩家老の山田方谷に学んだ。
「入るをはかって出づるを制する」という財政を重視する考えを山田方谷は実践していた。

が結果として 中央集権化に抗し武装中立の考えだったはずの長岡藩は、明治維新という時代の波に飲まれてしまった。


 春雨の わきてそれとは降らねども
 うくる草木の花は色々












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