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2005年03月25日(金) 果物の皮むきは誰の仕事?

私はテキストの最後に「心に残ったときだけ押してください」という空メールボタンを置いている。それはアドレス不明で届くため私から返事があるわけでもなく、読み手の方にとっては押してもなんの得もないボタンである。
そこで感謝の気持ちを込めて毎回短いメッセージを読めるようにしているのであるが、先日の「男子厨房に入るべし。」のときに入れていたのはこんな文章だった。

「果物を食べたくなったとき、あなたの夫は自分で皮をむく人ですか?それとも、妻にむいてと頼む人ですか?」

以前から疑問に思っていたのだ。実家の父は食事こそ作らないが、食べたくなれば果物の皮は自分でむく。家族の誰かが「私も食べたい」と言えば、一緒にむいてくれる。そのため、私は長いあいだ「果物は食べたい人が自分でむくもの」と信じて疑わなかった。
そういうものでもないのだろうかと思いはじめたのは結婚してからである。夫の実家がいまどきめずらしい「家父長制」の名残を留める家だという話は先のテキストに書いたが、そのせいなのか義母と義妹は実によく気がつく世話好きな人たちだ。テレビを見ている義父や夫、義弟に「リンゴ食べる?」「コーヒー入れようか?」と声をかけ、「そうだな、切ってくれ」「じゃあ飲もうかな」という返事が返ってくると、いそいそと皮をむいたり豆を挽いたりするのである。
自分たちの分を用意するついでに「いる?」と尋ねているわけではないので、私はとても驚いた。
「べつに食べたいとも飲みたいとも言ってないのに、わざわざ訊いてあげるなんて甘ーっ!!」
とはいうものの、食べたい人、飲みたい人が自分で、という私の実家の常識が世間でも常識とは限らない。よそのダンナさんはどうしているんだろう?と私は興味を持っていたのだ。

そうしたらラッキーなことに、ボタンに仕込んでおいた「果物の皮むきは誰の仕事ですか?」に反響があった。
女性は夫や父親を思い浮かべ、男性は自分がどうしているかを答えてくれていたのだけれど、二十二の回答のうち「自分でむく夫は七割」という結果が出た。私の父はマジョリティだったのだ。
しかしながら、三割の「むいてあげる」妻たちもそれが当たり前だと思ってしているわけでも好きでしているわけでもないようだ。「むいてやらないと食べないから」「汁をあちこちに飛ばされるのが嫌だから」ということらしい。

うちも同じだ。みかんとバナナ以外の果物の皮むきは(言うまでもなく)私の係だが、理由はやはり、夫は面倒くさがって自分でむいてまでは食べないからである。
リンゴや柿は外の皮をむいてカットするだけだが、いよかんやグレープフルーツはひとつずつ実を取り出す。子どもじゃあるまいし、「自分でやるのが嫌なら食べんでよろしい」と放っておけばよいのはわかっているのだが、せっかくおいしそうなのを買ってきたしなあと思うと、つい包丁に手が伸びる。
そんな夫は蟹や海老、小骨の多い魚もあまり好きでない。先日、こんなことがあった。私は手を汚したまま食事をするのが嫌いなので、家で魚を食べるときは最初に骨と身を分けてしまうのだが、手を洗い「さあ、食べよう」とテーブルに戻ってきたら、夫が私の皿と自分の皿を交換して食べていた・・・。


という話をネット上のとある場所で話題にしたところ、やはりむいてもらう夫より自分でむく夫のほうが多かった。話を聞いていると、そういう男性はコーヒーを入れたり食事中に冷蔵庫に調味料を取りに行ったりするのも自分で、のようである。
もちろん私だって「ソースくらい自分で取りに行かんかいっ」と思っている。しかし、断ると夫は「じゃあいいや」とあっさりあきらめてしまう。それならそれでいいじゃないかとおっしゃる向きもあろうが、ソースをかければもっとおいしくなるだろうと思いつつそうしないというのは、すなわち味の完成度が低いまま食べるということであり、それは料理の作り手としてはとても残念なことだ。そのため、「はい、どうぞ」とやってしまうわけである。

自分が過保護なのは十分承知しているつもりだった。しかし、おかわりを自分でよそう夫がいると聞いて、いまさらながらカルチャーショックを受けている。
(・・・という今日の日記を読んでカルチャーショックを受けたという方も、きっとたくさんいるんだろうな)