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2005年03月21日(月) 男子厨房に入るべし。

この十日間ほど、体調がよくない。
先々週の週末のこと。その数日前から「気味」であった風邪が、朝方目が覚めると急にひどくなっていた。ひっきりなしに咳が出て眠れないが、熱からくる寒気とだるさで起きられない。布団の中でさんざんぐずぐずし、夜の六時になってようやくリビングのドアを開けた。

窓の向こうはすっかり日が落ち、夫はパソコンをしていた。キーボードをカタカタいわせながら彼が言った。
「今日、晩ごはんは?」
これはどういう意味なのだろう。まさかなあと思いながら訊いた。
「それは作れっていうこと?」
「作れるなら作って」

ねえ、いまの私にそれが可能だと思う?と言いかけて、わかるわけないかと首を振る。昼間、一度だって様子を見に寝室をのぞきに来ることもなかったもんね。
「だったら材料書き出すから買って来て。私、いますっごい調子悪いの」
「じゃあいいよ、外でなにか食べるか弁当買ってくるから」

このひとことにカチンときた私は「『大丈夫?』くらい言えないわけっっ」と叫び、大ゲンカになった。
うちはダブルベッドである。一緒になんか寝るもんかとその夜こたつで寝たら、たちまち風邪がこじれ気管支炎になってしまった。


この話を四日ぶりに出勤し同僚にしたところ、彼女たちは一様にうなずいた。
「ダンナなんてそんなもんよ。悪いけどホカ弁かなにか食べてって言ったら、買ってきたのは自分の分だけ。そりゃあこっちも食欲ないけどさ、なにかいらんかって訊くくらいしてくれてもいいんじゃないの」
「うちなんか、熱出して寝込んでる私を置いて草野球の練習に出掛けてってんで。それなら子どもが家におったらおちおち寝てられんから連れてって頼んだのに、なんだかんだ理由つけて結局ひとりで」

別の友人からは「流産してひどく落ち込んでいるときに夜中に酔っ払って帰ってきたときは、この人とやっていけるんだろうかって真剣に不安になった」と聞いたこともある。
こんな話ばかりつづくと、「なんだ、お粗末なのはどこも同じなのね」と安堵する一方で、こういうときに妻のためにおかゆを作ったりアイスノンを取り替えたりする夫なんていったいどこに棲息しているのかしら?と思う。

いや、いるところにはいるのだろう。
先日、新聞に三十二歳の男性が書いた文章が載っていた。「男はもっと妻を大事にし、家事や育児も分担すべきだ。仕事だけしていても家庭というものは築けないのだ」に要約される内容だったのだが、その中にこんなくだりがあった。

「出張などで数日家を空けなければいけない時がある。僕はそんな時、出張前夜にカレーを作る。僕のいない間、ちゃんとご飯を食べるんだよ、よく眠るんだよ、構ってあげられなくてごめんね、そんな想いをカレーに託しながら料理するのだ。僕にとって、その時カレーは言葉のないラブレターなのである。」

思わず「ほんまかいな!」と声をあげた私。
だって、「ちゃんと食べるんだよ、眠るんだよ、構ってあげられなくてごめんね」が子どもではなく、妻に対してのセリフだなんて。うらやましいとかどうとかより信じられない。ちょっと過保護なんじゃないのおー?とつぶやきながら、「僕たちはつい先日結婚したばかりで・・・」という一文を探してしまったではないか。
数日家を空けるだけでこうなのだから、もしこの男性の妻が寝込んだりしたら彼は十分おきに寝室をのぞき、咳をすれば背中をさすり、おかゆのスプーンを口元まで運んでやるに違いない。

* * * * *

この違いはどこから来るのか。その人の性格や妻との関係といった要素もさることながら、父親の影響が小さくないのではないかと思う。
この男性の父は仕事が忙しく家族と過ごす時間が少なかったため、夜中や早朝に妻や子のためによく弁当を作ったのだそうだ。男性は「父はそうすることで、『おまえたちを思っているよ』を伝えようとしたのだと思う」と振り返り、家庭を持ったいまでは自分も妻の弁当を作っているという。
一方、夫の実家はいまどきめずらしい「家父長制」の名残を留める家だ。週末に義父が台所に立ったり部屋に掃除機をかけたりしている姿など想像がつかないし、子どもを風呂に入れたことがないとも聞いたことがある。そして夫もまた家事に関してはノータッチ、それどころか私がなにか用事をしていても普通に「ねー、麦茶入れてー」と言う人である。

その家庭にはその家庭の事情がありやり方があるから、どちらがよいとか悪いとかいう話ではない。しかし、もう「男子厨房に入らず」という時代でないのは確かだ。この場合の「厨房」は台所に象徴される、家の中のこと全般を指す。
子は親を反面教師にするより「そういうものなんだ」と思い込んで育つことのほうがずっと多いのではないかと思うが、いまさら、
「二人で一緒に料理することも多い。これはなかなか楽しいのでオススメである。」
なんて言う夫に改造することは不可能だ。
だから、もし将来私が男の子の親になるようなことがあったら「いまどき料理のひとつもできないようじゃ女の子にモテないよ」と小さい頃から言い聞かせ、ひと通りの家事ができるようにしてやろう。
洗濯カゴに放り込んだパンツがひとりでにきれいになってタンスに戻ってくることはないんだということ、布団は敷きっぱなしにしておいたら自然にふかふかになるものではないんだということを教えたい。
それを知ることは、勉強よりずっとずっと大切なことだ。